日本における自尊心の発達的軌跡を大規模に検討
東京理科大学は8月6日、青年期から老年期における自尊心の年齢差について大規模な調査を実施し、年齢が高い人ほど自尊心が高いことを解明したと発表した。この研究は、同大理学部第二部教養の荻原祐二嘱託助教と京都大学大学院教育学研究科の楠見孝教授によるもの。研究成果は、「Frontiers in Public Health」に掲載されている。
画像はリリースより
自尊心は、生涯を通して常に一定ではなく、発達と共に変化する。これまで米国を中心に多くの研究が行われ、自尊心は児童期に高く、青年期に低下し、成人期に上昇し続け、50代・60代頃にピークを迎えてその後低下することが示されている。日本においても、自尊心の一要素である自己好意が、児童期から60代まで同様の年齢差を示すことが報告されている。
しかし、日本における自尊心の年齢差を検討した先行研究には主に2つの限界点があった。第1に、先行研究は自尊心の一要素である自己好意を用いて主に検討しており、自尊心を包括的に検討していなかった。自尊心の発達的軌跡を解明するためには、自己好意と自己有能感の両側面を同時に含んだ包括的な検討が重要だ。第2に、先行研究は70歳以上の自尊心については十分に検討できていなかった。日本では、69歳まで自尊心が低下しない可能性が指摘されていたが、自尊心の低下が70歳以降に見られる可能性がある。また、自尊心の低下そのものが、日本では見られない可能性もある。自尊心の高低が文化によって異なることは一貫して報告されてきたが、発達的軌跡の傾向が異なることは十分に報告されていなかった。よって、日本における自尊心の発達的軌跡を明らかにするためには、70歳以降の高齢者の自尊心についても検討することが必要だ。
日本は欧米と異なり50代以降でも自尊心は低下せず、文化が影響の可能性
そこで今回、研究グループは、70代と80代の高齢者を含む、日本の大規模かつ多様なサンプルを対象に、自尊心の両側面(自己好意と自己有能感)を6つの調査で測定し、分析した。調査は2009年から2018年にウェブ上で実施し、16歳から88歳までの6,113人(男性2,996人、女性3,117人)から回答を得た。各調査には、自尊心を測定するために最も利用される自尊心尺度(10項目)を用いた。例えば、自己好意を測定する項目として「全体的に私は自分自身に満足している」、自己有能感を測定する項目として「私は自分が多くの長所を持ち合わせていると思う」が含まれていた。参加者は、これらの項目に「1: あてはまらない」から「5: あてはまる」の5段階で回答した。
分析の結果、自尊心は青年で低く、成人から高齢者まで徐々に高くなっていた。青年期から中年期までの変化は欧米の先行研究と一致していたが、先行研究とは異なり、50代以降でも自尊心は低下しなかった。これにより、自尊心の発達的軌跡が文化によって異なる可能性が示唆された。欧米における中年期以降の自尊心の低下の一因として、自分の誤りや限界を認めるなど、自己に対する謙虚な見方を取るようになることが挙げられている。一方日本では、中年期以前から自己に対する謙虚な態度を表明することが報告されているため、自尊心の低下が見られなかった可能性がある。他にも、年功序列制度や敬老の文化など、文化差を生み出し得る要因について今後詳細に検討を行う必要がある。
今回の研究は、ある一時点におけるさまざまな年齢層の人を対象に横断的に行われた調査を分析したものであり、分析した年齢差には発達的な変化だけでなく、世代による違いも含まれている。この世代の効果により、日本において中年期以降で自尊心の低さが見られない可能性もある。今後は、そうした発達的な変化と世代差を切り分けるために、同じ世代の人を追跡し続ける縦断的な調査を行うなど、さらなる検討が求められる。また、80代のサンプルサイズが小さいため、より多くのデータを収集して分析することや、ウェブ調査以外の方法でも同様の結果が得られるかを検証するなど、さらなる研究が求められる。
自尊心の年齢差・発達的軌跡を検討することは、学術的・理論的意義だけでなく、実践的・社会的な意義も備えている。例えば、自尊心が低くなりやすい時期を把握することは、必要に応じて効果的な予防・対策、そして介入・対応を可能とすることに貢献する。研究グループは、「基礎的な心理傾向のひとつである自尊心の年齢差を解明した今回の研究は、さまざまな領域の関連研究だけでなく、予防・介入を含めた実践にも幅広く貢献することが期待される」と、述べている。
▼関連リンク
・東京理科大学 プレスリリース