加齢に伴う運動機能低下、NMJ形成増強治療で抑制できるか
東京大学医科学研究所は8月6日、神経筋接合部(NMJ)の形成増強治療により老齢マウスの運動機能増強効果が確認されたと発表した。これは、同研究所の山梨裕司教授らの研究グループと国立長寿医療研究センターの小木曽昇博士、花王株式会社生物科学研究所の太田宣康博士らとの共同研究によるもの。研究成果は、「iScience」に掲載されている。
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ヒトが呼吸をし、活動するためには、運動神経によって骨格筋収縮を緻密に、素早く制御する必要がある。この時、運動神経からの制御シグナルはNMJの神経筋シナプスを介して骨格筋に伝達される。哺乳動物のNMJは、1つの筋線維の中央部分に1つだけ形成されるかけがえのない「絆」であり、その喪失は呼吸を含めた運動機能の喪失を意味する。
研究グループは、これまでNMJの形成に必須のタンパク質としてDok-7を発見。さらに、ヒトDOK7遺伝子の異常による潜性(劣性)遺伝病としてDOK7型筋無力症を発見し、それがNMJの形成不全病であることを解明している。その他にも、Dok-7がNMJの形成に必要な、筋線維に特異的に発現する受容体(受容体型チロシンキナーゼMuSK)に必須の細胞内活性化因子であることを突き止めるとともに、DOK7発現ベクターの投与によるNMJ形成の増強が、NMJ形成不全を呈するDOK7型筋無力症やある種の筋ジストロフィー、筋萎縮性側索硬化症(ALS)のモデルマウスに有効な治療戦略(NMJ形成増強治療)になることを実証している。
一方、高齢化社会の重要課題である加齢に伴う運動機能低下の要因の1つとして、運動神経と骨格筋を結ぶNMJから運動神経が離れてしまう「神経脱離」の進行が注目されている。そこで今回、老齢マウスに対するNMJ形成増強治療を実施し、運動機能の制御に必須のシナプスであるNMJが加齢に伴う運動機能低下に対する治療標的となる可能性を検討した。
ヒトDOK7遺伝子発現ベクターを投与、4か月後に運動機能と筋力の強化を確認
実験では、前述の筋無力症や筋ジストロフィー、ALSのモデルマウスに対する研究と同様に、NMJの形成を人為的に増強する手法として、ヒトやマウスでの安全性と長期にわたる外来遺伝子の発現に優れたアデノ随伴ウイルス(AAV: adeno-associated virus)を用いて作出したヒトDOK7遺伝子発現ベクター(AAV-D7)を使用。また、老齢マウスとしては出生後の生存率が約75%であり、NMJの神経脱離や運動機能の低下が顕著な2年齢の雄マウスを用いた。
この老齢マウスにAAV-D7を投与したところ、投与4か月後(2年4か月齢)にはNMJにおける運動神経結合と、NMJを介した運動神経刺激に対する骨格筋の電気生理学的な応答が、投与前(2年齢の時点)に比べて増強された。さらに、加齢に伴い低下すべきマウスの運動機能と筋力も、投与前に比して強化されることが実証された。
今回の研究結果は、NMJ形成増強治療の概念が筋無力症やALSなどの疾患のみならず、加齢性の運動機能・筋力低下に有効である可能性を提示する点において大きな社会的な意義を有する。また、AAV-D7を用いた遺伝子治療の基礎研究であるだけでなく、化合物を用いたNMJ形成増強治療にも道を拓くべき「治療概念の実証研究」としての側面を併せもつ。「加齢に伴う運動機能・筋力低下の克服に向けた橋渡し研究の推進とともに、NMJ形成増強効果をもつ化合物の開発、さらには筋肥大や運動神経保護などの、異なる作用機序をもつ薬剤との併用治療に関する研究の推進が急がれる」と、研究グループは述べている。
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・東京大学医科学研究所 プレスリリース