■産官学研究で成果
官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)の研究チームは、特発性肺線維症(IPF)の各種臨床情報を集積した大規模データベース(DB)を構築した。DBから人工知能(AI)を使って創薬標的を探索する研究を進めており、IPF患者の層別化に有用と見られる蛋白質群を検出するなどの成果を生み出した。今後、並行開発しているAIや構築中の肺癌患者の大規模DBも活用し、効率的な新薬開発に役立つ基盤を作りたい考えだ。
POC取得に重要な第II相試験で開発中止となる医薬品候補化合物は少なくない。新薬を効率的に創出するには、動物実験で確認された薬効が実際にヒトで認められなかったという事例を減らす必要がある。
こうした背景から、新薬創出を加速するAIの開発をテーマに、産学官の計17研究機関が協力する研究体制が発足。実験動物から収集したデータではなく、対象疾患の患者から収集したデータを活用して新たな創薬標的を探索し、医薬品開発の成功確率を高めることを目指している。
その一環として、医薬基盤・健康・栄養研究所は大阪大学と神奈川県立循環器呼吸器病センターの協力を得て、IPFを含む間質性肺炎患者の臨床情報を集積したDB構築を推進。このうち、大阪大学から収集した602症例のDBがほぼ完成した。
DBは、患者から提供された血清のエクソソーム中にある蛋白質を網羅的に解析した結果や、診療記録、CT画像や所見、血液検査値、患者基本情報、初診時問診票などを網羅。画像や文章など、様々なデータはAIで解析できるように構造化されている。
研究チームがDBを使って解析した結果、IPF患者を含む間質性肺炎患者の層別化に有用と見られる蛋白質群を検出できた。現在、検出した蛋白質群の有用性の検証を大阪大学が進めている。
IPFの治療薬は二つしかない上、薬効も限定的で予後が悪い。患者の層別化を実現できれば各患者層に応じた最適な治療法の確立につながる可能性がある。
20日にウェブ上で開かれた研究成果報告会で医薬健栄研AI健康・医薬研究センターの夏目やよい氏は「AIを活用した創薬標的探索に、構築したDBを用いる段階に来ている」と報告。今回の解析結果をもとに、医薬健栄研が持つ創薬標的探索支援データウェアハウス「ターゲットマイン」を使って、「創薬標的候補の提示を目指したい」と語った。
一方、肺癌では、国立がん研究センターが中心になって、患者1569人の各種臨床情報やエクソソーム解析情報を網羅した世界最大規模の肺癌統合DBを構築した。DBを活用した解析で、肺腺癌発症リスクに関わる因子が明らかになるなど活用も進んでいる。
DB構築と並行して画像処理、自然言語処理、数値データ処理など様々なAIの開発も行われている。今後は、構築したDBを開発したAIで解析するという両者の連携がさらに進む見通しだ。5年間の期間研究のうち4年目を迎える来年度には、同事業で得られた成果を企業や大学が幅広く利用できるオープンプラットフォームの運用が始まる見込みである。
PRISMプログラムディレクターの榑林陽一氏(神戸大学特命教授)は、「事業の成果には肺癌やIPFだけでなく、他の疾患の層別化、個別化医療、先制予防などに応用できるものが含まれている。幅広い応用展開につなげたい」と強調した。