患者が幻肢を動かすつもりでロボット義手を制御するBCI訓練の、痛み減弱効果を検証
日本医療研究開発機構(AMED)は7月17日、幻肢痛患者が、脳信号を介して動かせる仮想的な幻肢をブレインコンピュータインターフェイス(Brain computer interface、BCI)技術により実現し、これを動かす訓練を3日間行うことで、訓練後5日間にわたって、痛みを平均30%以上減弱させることに成功したと発表した。これは、大阪大学の栁澤琢史教授(高等共創研究院)と齋藤洋一特任教授(常勤)(大学院医学系研究科脳神経機能再生学共同研究講座)らの研究グループよるもの。研究成果は、「Neurology」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
事故などで手足を失ったり、神経が障害されて感覚が全くなくなった人でも、頭の中ではまだ手足があるように感じていることがある。そのような幻の手足が、とても痛く感じることを幻肢痛と呼ぶ。この痛みは通常の鎮痛薬だけでは消えず、患者の生活の質を著しく障害する。幻肢痛は、手足を失ったことに対して、脳が正しく適応できなったために生じると考えられている。そこで、鏡に健常な手足を写し、幻肢が実在するかのように錯覚させることで、幻肢に関連した脳活動を強める訓練(鏡療法)が行われてきた。しかし、鏡療法は全ての患者に有効なわけではない上に、効果も一時的であることが多く、幻肢痛に対する確立した治療法とはなっていない。また、近年の研究からは、幻肢に関連した脳活動が強まるほど痛みが強くなることが示され、鏡療法のメカニズムについても疑問が生じていた。
研究グループは先行研究において、BCIで動くロボット義手を、幻肢痛患者が自分の幻肢を動かすつもりで制御する訓練をすることで、幻肢に関連した脳活動に変化を誘導して痛みの変化を調べた。特に、幻肢を動かした際の脳活動が出現した際にロボットが動くようなBCIを使って訓練した場合、訓練後に幻肢に関連した脳活動が強くなり、幻肢痛も増悪してしまうことが示された。さらに、健常上肢を動かした際の脳活動に近い脳活動が出現した際にロボットが動くようなBCIを使って訓練すると、幻肢に関連した脳活動が減弱し、痛みが一時的に減弱することが示唆された。どちらの訓練でも患者は自分の幻肢を動かすつもりでロボットを操ったが、脳活動とロボットの動きの対応関係を変えることで、訓練後には幻肢を動かす際の脳活動が増強・減弱し、痛みも増強・減弱された。しかし、そのような訓練が実際に治療効果を発揮するのか、訓練後にも持続した痛みの減弱効果があるかについては不明だった。
訓練前と比較して平均で32%痛みが減弱、5日後にも平均で36%低下
研究グループは今回、脳磁計を使って、患者の脳活動をリアルタイムに計測し、得られた計測信号から人工知能技術で脳情報を読み解き(neural decoding)、これに基づいて、幻肢の映像をオンラインで動かすBCIを開発した。ここで、幻肢の映像は、患者自身の健常な手の写真を左右反転することで作成した。12人の幻肢痛患者(切断肢2人、腕神経叢引き抜き損傷後410人)が研究に参加した。患者は、脳磁計測装置内でBCIで動く幻肢の映像を見ながら、自分の幻肢を動かすつもりで幻肢の映像を動かす訓練をした。ただし、幻肢の映像は、患者が健常な手を動かす際の脳活動に近い信号が検出された時に動くように設定された。訓練前後の痛みの強さをvisual analogue scale(VAS)で評価した。今回の研究では、脳活動に基づいて幻肢の画像を動かす訓練を3日間行った場合(実訓練)と、脳活動によらずに幻肢の画像をランダムに動かす訓練を3日間行った場合(偽訓練)とをランダムな順番で行い、幻肢痛の減弱率を比較した。
患者は3日間に渡って幻肢の映像を動かす訓練を行い、その後、自宅にて痛みの変化を観察。その結果、BCIの訓練を3日間行った翌日には、痛みは訓練前と比較して平均で32%低下していた。さらに、5日後にも痛みは平均で36%低下していた。このような痛みの低下は、BCIを使わない訓練では見られず、訓練後5日間はBCI訓練の方が統計的有意に痛みを減弱させることが示された。この成果より、BCIを用いた訓練で幻肢痛を持続的に減弱できることが示された。
簡便な方法で同様の効果が得られるBCI訓練の開発目指す
なお、今回の研究で見られた30%程度の痛み減弱効果は、鏡療法などと比較して同程度の効果だったという。先行研究によると、鏡療法を4週間行うことで幻肢痛が37.6%減弱したと報告されている。また、拡張現実を用いた同様の訓練では、32%の疼痛減弱効果が報告されている。一方、同研究に参加した12人のうち、鏡療法を受けた経験がある患者が7人おり、うち少なくとも一時的にも疼痛減弱効果があったのは3人のみだった。しかし、BCI訓練により7人のうち5人で痛みが減り、12人中では9人で痛みが減弱した。よって、BCI訓練は鏡療法よりも広い範囲の患者に効果が期待されることも示唆されたという。
幻肢痛は肢切断後などに比較的高頻度に生じるが、有効な治療法がないため、幻肢痛患者の痛みは長く続き、慢性的な投薬や痛みによる社会生活での困難が大きな問題となる。今回の研究で、BCIを使った新たな治療法の可能性が示されたことで、幻肢痛に苦しむ患者にとって福音となることが期待される。研究グループは、「今後、より簡便な方法で同様の効果のBCI訓練を開発することで、臨床応用されると期待される」と、述べている。
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・日本医療研究開発機構(AMED) プレスリリース