■理研が世界初
理化学研究所は、スーパーコンピュータ「富岳」を用いた分子シミュレーションで、2128種の既存医薬品の中から新型コロナウイルスの細胞内増殖に関わるメインプロテアーゼに高い親和性を示す治療薬候補群を抽出することに成功した。既にいくつかの候補薬は海外で臨床研究や治験が進んでいるが、まだ効果の検証が始まっていない多数の治療薬候補を抽出できたという。コンピュータを用いて数千種類の化合物と蛋白質の作用を短期間で計算できたのは世界で初めて。
今回、2128種の既存医薬品が新型コロナウイルスの細胞内増殖に関わるメインプロテアーゼの標的部位やプロテアーゼ全体に結合する強さを1つずつ富岳で計算し、それぞれの強さを数値化した。
前機種の「京」では、標的蛋白質の形状を固定化し医薬品を結合させた状態で、結合力を計算することしかできなかった。富岳は、メインプロテアーゼの形状が揺れ動く状態で、医薬品の結合や結合する強さを計算した。こうした複雑な計算を、多数の医薬品を対象にわずか10日間で成し遂げた。
計算の結果、2128種の医薬品の多くはメインプロテアーゼの標的部位にほとんど結合しなかったが、一方で高い親和性を示す医薬品も多数見つかった。
研究グループは、これらの中でも親和性の高さで上位20~30品目は新型コロナウイルス治療薬候補として有望と見ている。
今後、候補医薬品の特許を持つ製薬企業に情報を開示し、適応拡大の打診や医学研究者と連携した臨床研究や医師主導治験の実施によって、早期実用化を図りたい考えだ。
標的部位への親和性が最も高かったのは、日本の製薬企業が創出し、特許を持つ医薬品。用途特許取得の妨げになるため、名称は明らかにされていないが、現在のところ新型コロナウイルス感染症との関係性は報告されておらず、臨床研究も実施されていない。全く新たな治療候補薬として浮上した。
3日に開いた記者会見で研究グループの奥野恭史氏(京都大学教授)は「最近、計算結果が出たばかりでまだ製薬企業に話はしていないが、企業が乗ってくるのであれば実用化に向かって進めたい」と言及。「副作用面で一部懸念はあるが、雰囲気的に可能性はなくはないという状況」と感触を語った。
標的部位への親和性が高い上位100品目の中には、海外で臨床研究や治験が実施中の12薬剤が含まれており、富岳の計算結果の正しさを裏付けることになるという。親和性の高さで2位になったのは、寄生虫駆除薬で国内未承認のニクロサミド、6位は抗ウイルス薬のニタゾキサニド。それぞれ海外で臨床研究や治験が進んでいる。
今後、研究グループは、当初の計画通り残り三つの標的蛋白質についても8月中をメドに同様の計算を行いたい考え。その他にも、有望な標的があれば計算に取り組む。
新型コロナウイルス治療薬の早期実用化が求められる中、臨床研究や治験の実施に向けてコンピュータの計算で治療薬候補の当たりをつけられた意義は大きい。計算アプリを富岳用に調整すれば、今回は10日かかった計算を2日程度で実施できるという。
奥野氏は「現在は製薬企業が万のオーダの薬剤を実験で評価しようとしたら相当の時間がかかる。1週間で万のオーダの薬剤を評価できるようになれば、実験の手間を劇的に削減できる」と話した。