通常の細胞核には存在しない特殊な核構造が、アクチンによってつくり出される
近畿大学は7月1日、生命の源となる受精卵が動物へと発生するために、通常の細胞核には存在しない特殊な核構造が、タンパク質「アクチン」によってつくり出されていることを世界で初めて発見したと発表した。この研究は、同大生物理工学部遺伝子工学科の宮本圭准教授らとドイツ・フライブルク大学の研究グループによるもの。研究成果は、米国の学術雑誌「Cell Reports」オンライン版に掲載されている。
ヒトを含めた全ての動物の体は、受精卵という一つの細胞が無数に分裂を繰り返すことによってつくりあげられる。受精卵は体内のどの細胞にも分化できる能力である全能性を有しており、この全能性の理解は、ヒトの不妊治療を含む各種生殖技術の発展にとても重要となる。
近年、全能性の解明に向けて、精子、卵子がどのように受精卵の状態へと変化するのか、分子レベルでさまざまな研究が行われている。特に、受精卵のDNAやクロマチン状態を詳細に解析する研究に注目が集まっているが、DNA・クロマチンを格納する前核の構造自体についての知見は乏しく、その全容解明が望まれている。
画像はリリースより
受精卵特異的に形成される重合化核アクチンの核骨格構造が発生に重要
今回、研究グループは、受精卵においてあまり研究が進んでいない「核骨格構造」に着目。核骨格タンパク質であるアクチンの挙動を受精卵核内で観察した結果、他の分化した細胞には見られない、特殊な重合化したアクチンの核骨格構造を発見した。
研究グループは以前、アクチンが細胞分裂後の培養細胞核において、分裂直後の数時間のみ重合化し、核が正常の大きさにまで膨れ上がる工程を担っていることを報告していた。受精後の精子ゲノム、卵子ゲノムからつくられる前核は、この核が膨れ上がる過程が長時間継続し、他の分化細胞では見られないほど大きなサイズまで発達する。そこで、アクチンタンパク質の挙動を、生きたマウス受精卵で観察したところ、前核が形成される受精直後から細胞分裂までの10時間以上もの間、アクチンが重合化した状態で存在することがわかった。
このアクチンタンパク質の重合化を阻害したところ、前核サイズの減少が観察された。核アクチン重合化を阻害した受精卵は、産子までの発生率が低下したことから、受精卵特異的に形成される重合化核アクチンの核骨格構造が発生に重要であることがわかったという。
受精卵のDNA損傷修復を促し正常に胚が発生するために機能していることが判明
続いて、受精卵特異的重合化核アクチンの機能を探るため、遺伝子発現に及ぼす影響を調べた結果、核アクチン重合化を阻害した胚ではDNA損傷に関わる遺伝子の発現に異常がみられた。
そこで、受精卵におけるDNA損傷の度合いを調査。その結果、核内アクチン重合化を阻害した受精卵ではDNA損傷の増加が確認された。さらに、DNA損傷に応答して胚発生を一旦停止させるチェックポイント機構が働き、受精卵の発生遅延もみられたという。このように、重合化核アクチンは、受精卵におけるDNA損傷の修復を促すことによって、発生遅延することなく正常に胚が発生するために機能していることが明らかになった。
最後に、受精卵の重合化核アクチンの消失時期について検討。その結果、受精卵が分裂期に入る直前に、核アクチンが急激に脱重合することがわかった。この脱重合を阻害したところ、胚の遺伝子発現に異常が見られ、胚発生が停止することから、核アクチンが適切な発生時期に脱重合することもまた、重要であることが判明したという。
以上の研究成果は、受精卵における新たな核内構造を明らかにし、核内に存在するアクチンタンパク質が動物の胚発生に重要であることを初めて示したものだとしている。
ヒトの不妊治療を含む生殖医療や動物繁殖技術の発展に期待
今回の研究結果により、受精卵の前核内には、アクチンによって構成させる特殊な核骨格構造が存在することがわかった。そして、この受精卵特異的な核骨格構造は、受精卵が産子へと正常に発生するために必要なものであることも明らかになった。
研究グループは、核骨格構造を調べることにより、受精卵が後に産子へと発生する能力を調べることが可能となるかもしれないとし、今回の研究で発見された受精卵の特性を利用し、ヒトの不妊治療を含む生殖医療や動物繁殖技術の発展が期待される、と述べている。
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