なぜ加齢とともに高血圧罹患率が増加し、食塩感受性が高くなるのか?
東京大学は6月30日、高齢者高血圧の発症メカニズムを解明したと発表した。この研究は、同大先端科学技術研究センター臨床エピジェネティクス寄付研究部門の藤田敏郎名誉教授、河原崎和歌子特任助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Clinical Investigation」に掲載されている。
高血圧は日本で4300万人が罹患していると推定され、国民の3人に1人が抱えているとされている。高血圧に起因する死亡は年間約10万人で、心血管病や脳卒中といった命に関わる重篤な疾患の原因となるが、自覚症状がないために、その約半数が未治療のままとなっている。
高血圧は加齢とともに増加することが知られており、40〜70歳の高血圧有病率は、男性で60%、女性では40%、75歳以上では、男女共に70%以上となる。高齢者高血圧は治療に難渋することが多く、また有効な予防法や有用な予知マーカーはない。
疫学調査から、食塩をほぼ摂取しない文化(ヤノマモインディアン)では加齢に伴う高血圧発症が認められないことや、加齢とともに食塩摂取時の血圧の上がりやすさ(血圧の食塩感受性)が増加することがわかっていた。しかし、なぜ加齢とともに高血圧罹患率が増加するのか、また食塩感受性が高くなるのかはわかっていなかった。
加齢に伴い、アルツハイマー病や骨粗しょう症が発症しやすくなるが、それには加齢関連因子が関与していることが知られている。加齢関連因子には種々の加齢促進因子と抗加齢因子があるが、研究グループは、抗加齢因子のKlotho(クロトー)の減少が加齢に伴う高血圧の発症の原因となる可能性に着目した。
画像はリリースより
高齢マウスは血中Klothoの減少が原因で食塩感受性高血圧を発症
若年マウスに比べて血中Klothoが有意に低下している高齢マウス(1歳3~6か月齢、マウスの寿命は約2年で人間の高齢者に当たる)に高食塩食を摂取させると、血圧が上昇し食塩感受性高血圧を示し、マウスにKlothoタンパクを補充しておくと食塩による血圧上昇反応が抑制された。
また、血中のKlothoタンパク量が減少しているKlothoヘテロ欠損マウスでは、若年期においてすでに食塩感受性高血圧がみられ、Klotho補充により正常化したことから、高齢マウスは血中Klothoの減少が原因で食塩感受性高血圧を発症することが判明。そのしくみを調べたところ、これらの血中Klothoが低下したマウスでは、食塩摂取時にWntタンパクにより血管収縮経路が活性化して血管収縮能が増強するため血圧が上昇しており、Klotho補充や血管収縮経路の阻害薬(Wnt阻害薬)の投与を行なうと、食塩感受性高血圧の発症が抑制されることも明らかになった。
Klotho減少で食塩負荷時に腎血流が低下、食塩感受性高血圧を生じる
血圧調節には血管性(血管収縮)と腎性(腎臓ナトリウム排泄)の2つの要素が関わり、腎臓は中心的な役割を担うと考えられている。また、腎臓へと血液を送る腎動脈の血流量(腎血流量)は腎臓からのナトリウム排泄の調節にとても重要だ。
そこで、腎血流量を調べた結果、高食塩食を摂取した高齢マウスや若年Klothoヘテロ欠損マウスの腎動脈では、Wntが関わる血管収縮経路の増強により、腎動脈が収縮し、腎血流が減って、血圧が上昇していた。Klothoを補充すると、食塩摂取時の血圧上昇や腎血流量の低下反応は消失。これらの結果により、Klothoの減少が原因で食塩負荷時に腎血流が低下して食塩感受性高血圧を生じることが示された。
老化抑制と高血圧発症予防法としてKlotho補充やWnt抑制薬開発へ
高齢者の高血圧治療にかかわらず、高齢者特有の病態に応じた治療法は未だ確立されていない。今回の研究により、血中Klothoタンパクが豊富にある若い時はWntによる血管収縮経路を抑制することで、高血圧の発症を抑えていることがわかった。しかし、高齢になり高食塩摂取に対する生体の防御機構が破綻すると、高血圧の発症につながる。血中のKlothoはホルモンとして働き、Wnt経路に拮抗して老化現象を抑制することから、現在、老化抑制と高血圧発症予防法としてKlotho補充やWnt抑制薬開発の研究を進めているという。
高血圧は予防が大切だが、従来は高血圧の発見には健診時の血圧測定に頼っていた。血中Klothoの測定は、高血圧とその合併症の心血管疾患の発症を予知する、新規予知マーカーとして有用であると期待されるという。さらに、糖尿病や慢性腎臓病では加齢によるKlotho低下に拍車をかけることから、健康寿命の延伸のために高血圧予防に対する生活習慣の改善が推奨される。胎児・乳幼児期から高齢者に至る全ライフコースにおいて減塩の重要性が再確認された、と研究グループは述べている。