オプトジェネティクスは脳の研究に有用だが、霊長類では技術的に難しい
生理学研究所は6月26日、遺伝子を導入する技術や光照射方法などを工夫することにより、オプトジェネティクスでサルの手を動かすことに世界で初めて成功したと発表した。この研究は、同研究所の南部篤教授、東北大学大学院の虫明元教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
画像はリリースより
生きた動物の神経細胞を制御する方法として、電気刺激によって神経細胞を強制的に活性化させる技術が古くから用いられてきたが、電気刺激では刺激を与えた周囲のすべての細胞を活性化させてしまい、特定の神経細胞のみ活動させることは不可能だった。近年開発された「オプトジェネティクス」は、光照射のオン/オフによって細胞の活動を制御する技術で、特定の細胞群や特定の神経経路のみに光で活性化する物質を発現させることにより、これらの活動を制御(興奮/抑制)することが可能となった。この技術は脳の仕組みを研究する際に非常に有用で、ネズミなどにおける研究では盛んに用いられている。ヒトの脳を理解するために、ヒトに近い霊長類(サル)においてもオプトジェネティクスの活用が望まれていたが、まだ成功例は少なく、限られた研究でしか利用されていなかった。
最適なAAVベクターを用いることで、光照射による手の運動惹起に成功
光で神経細胞の活動を操作するためには、まず光で活性化する「チャネルロドプシン」という物質を遺伝子導入により細胞に発現させる必要がある。しかし、これまでの技術では、このチャネルロドプシンをサルの脳内で効率的に発現させることが困難だった。そこで今回、研究グループは、まずチャネルロドプシンをニホンザルの脳の神経細胞に効率良く発現させるため、サルに適したアデノ随伴ウイルスベクターの探索を行った。脳の大脳皮質運動野と呼ばれる領域は、体の運動をコントロールしており、電気刺激を加えると刺激の場所に応じて足・手・顔など体の一部にはっきりとした運動が生じる。今回は、大脳皮質運動野のうち手の運動に関与する領域を正確に同定し、最適なウイルスベクターを投与した。その結果、周辺の神経細胞にチャネルロドプシンを発現させることに成功した。
次に、チャネルロドプシンが発現している神経細胞に光照射を行うことで、実際に手の運動を引き起こすことができるのかを検証した。脳の神経応答を記録しながら光照射あるいは電気刺激を行うため、「神経細胞の活動を記録するための電極」「光照射を行うための光ファイバー」「電気刺激を与えるための電極」の3つが一体となった電極(オプトロード)を独自に作製。このオプトロードを大脳皮質運動野に挿入し、チャネルロドプシンを発現している神経細胞に光を照射した。その結果、運動野の神経細胞を興奮させ、目で見てわかる明確な手の運動を起こすことに成功した。
電気刺激と遜色なし、脳深部刺激療法などへの応用に期待
研究グループは、さらに、光照射と電気刺激とを比較した。オプトロードを用いて、光照射によって引き起こされる運動と、電気刺激によって引き起こされる運動を詳細に比較したところ、光照射と電気刺激は、同じ筋肉に対して同程度に強い活動を生じさせることが判明。すなわち、光刺激は電気刺激と比べて、遜色ない有効な刺激方法であることが確認された。
今回の成果によって、霊長類を用いた脳研究においてオプトジェネティクスの活用が進むことにより、ヒトの脳機能の解明に大きく近づけると考えられる。南部教授は、「オプトジェネティクスは、光によって特定の細胞群や特定の神経経路の活動を制御することを可能にした画期的な技術で、脳機能の研究に不可欠なものとなりつつあるが、霊長類の行動に影響を及ぼすことに成功した例は世界的にも非常に少なく、眼球の運動に関する報告がいくつかあるだけだった。今回の成果は、オプトジェネティクスの霊長類への適用の扉を開くものであり、さらには光による脳深部刺激療法などヒトの病気治療への応用にもつながる可能性がある」と、述べている。
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・生理学研究所 プレスリリース