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日本人に多い白血病発症に関連する変異を同定、体細胞モザイクが影響-理研ほか

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2020年06月26日 PM01:00

後天的DNA変異や体細胞モザイクについて、日本人集団での研究が必要

理化学研究所は6月25日、血中で後天的なDNA変異を持つ白血球がクローン性に増殖することで、生まれながらのDNA配列と変異した配列が混ざって見える現象(体細胞モザイク)を解析し、加齢に伴うDNA変異と体細胞モザイク出現はほぼ不可避であること、体細胞モザイクが白血病をはじめとするがん化メカニズムに影響を与えることを明らかにし、体細胞モザイクは全死亡率の10%の上昇と関連することもわかったと発表した。この研究は、同研究所生命医科学研究センターゲノム解析応用研究チームの寺尾知可史チームリーダー(静岡県立総合病院免疫研究部長、静岡県立大学特任教授)、鎌谷洋一郎客員主管研究員(東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature」のオンライン版に掲載されている。

受精してから細胞分裂を繰り返す過程でDNAに障害が起きると、多くの場合は修復機構が働くが、なかには後天的なDNA変異として残るものが生じる。悪性腫瘍は、このような後天的DNA変異が生じた結果、先天的な要素と相まって、正常な機能を失った細胞がクローン性に増殖する疾患だ。また、特に悪性腫瘍患者ではない一般的な高齢者の血液中で、特定の遺伝子に後天的DNA変異が生じているが、一見異常がない細胞のクローン性増殖がしばしば見られる。以前より、これらの細胞の増殖と、その後の血液悪性腫瘍や心臓疾患発症リスクとの関連が指摘されていた。

一方、後天的DNA変異は、染色体ごとあるいは染色体の幅広い領域で生じることもある。このような変異のある細胞とない細胞が存在する状態を「体細胞モザイク」と呼ぶ。体細胞モザイクの疾病に対する影響については、2018年に英国のUKバイオバンク(UKB)が報告したのみで、詳しいことはわかっていなかった。さらに、こうした研究の多くは欧州系集団で行われており、非欧州系集団における研究が非常に少ないことが、近年懸念されている。ゲノム配列のパターンは集団により異なるため、日本人集団で後天的DNA変異を調べることは、日本や東アジアにおける疾患の理解や、今後の予防・治療法への応用につながると期待される。


画像はリリースより

BBJ登録者18万人のマイクロアレイデータを解析、加齢に伴うDNA変異と体細胞モザイク出現はほぼ不可避

研究グループは、現在データ数が最も豊富な、DNAマイクロアレイのデータから体細胞モザイクを同定する手法を確立した。検出できる体細胞モザイクは、「染色体の一部または全体が欠損する状態(loss)」「染色体の一部または全体が2本とも片親由来となる状態(copy-neutral loss of heterozygosity:CN-LOH)」「染色体の一部または全体がコピーとして増える状態(gain、2コピーが3コピー、あるいはそれ以上になる)」の3種類。(BBJ)の登録者約18万人のDNAマイクロアレイの常染色体データを解析し、3.3万個の体細胞モザイクの同定に成功した。この同定の割合(約18.3%)は、2018年のUKBデータの場合の4倍以上であり、3種類の体細胞モザイクのうち、CN-LOHの数が最も多いことがわかった。

また、加齢に伴って体細胞モザイクの保有割合が上昇し、90歳以上では約35%の人が体細胞モザイクを保有することが判明。この結果は、体細胞モザイクの保有が珍しいことではなく、加齢によって一般的な集団においても保有割合の上昇がほぼ不可避であることを強く示唆しているという。UKBのデータでは高齢の登録者が少なく、この結果は日本人のバイオバンクだからこそわかったとしている。また、女性よりも男性のほうが、非喫煙者よりも喫煙者のほうが、体細胞モザイク保有割合が高いことも明らかになった。

TCRとBCRの体細胞モザイクに人種差、日本人ではTCR lossが多くBCR lossが少ない

次に、体細胞モザイクがどの遺伝子に、あるいはどの遺伝子を含んだ領域に、またどの染色体に生じているかを解析し、2020年のイギリス人データと比較した。その結果、白血球の一部のリンパ球であるT細胞の受容体領域(TCR)とB細胞の受容体領域(BCR、免疫グロブリン)において、日本人ではTCRの体細胞モザイク(loss)が多く、BCRの体細胞モザイク(loss)が少ないことがわかった。

TCRとBCRは、T細胞とB細胞がさまざまな抗原と結合・認識できるように、遺伝子組換えが起こる領域。そのため、もしリンパ球細胞のみを解析し、各細胞レベルでこれらの遺伝子領域に注目した場合、T細胞でTCRに、B細胞でBCRに構造変化(この場合はloss)が生じることは当然のことだ。しかし、今回の解析は白血球全体のDNAを解析したものであり、構造変化の同定は、それらの構造変化を持つ細胞の検出可能レベル以上の増殖を意味する。すなわち、日本人ではT細胞の一部がクローン性に増殖し、検出可能レベル以上に達した人が多く見られた一方で、B細胞の一部が検出可能レベル以上にクローン性に増殖した人は少なかったといえる。

白血病に代表される血液悪性腫瘍の内訳には、人種による特徴がある。日本人ではT細胞系の悪性腫瘍が多く、B細胞系の悪性腫瘍は少ないこと、欧州人では、慢性リンパ球性白血病(CLL)というB細胞系の血液悪性腫瘍が最も多いことがわかっている。さらに、2018年のUKBデータから、特定の体細胞モザイクを持つと、将来のCLL発症リスクが大きく上昇することが示されている。したがって、今回明らかになった体細胞モザイクのTCRとBCRにおける人種差は、これら人種差のある血液悪性腫瘍の前段階を反映している可能性があると考えられる。

さらに、染色体レベルでも、血液悪性腫瘍の人種差を支持する結果を得た。各染色体における体細胞モザイクの相対的な割合は、日本人とイギリス人で非常に似ていたが、一部日本人に少なく、イギリス人に多い体細胞モザイク(あるいはその逆)が見られた。特に、日本人に少なくイギリス人に多い3つの体細胞モザイク(13番染色体長腕loss、13番染色体長腕CN-LOH、12番染色体gain)は、いずれもCLL患者に見られる構造変化であり、さらに2018年のUKBデータでCLL発症リスクを大きく上昇させる体細胞モザイクだった。このことは、血液悪性腫瘍発症の数年前から責任細胞のクローン性増殖があり、その前がん段階ともいうべき状態の時点で、その責任細胞は血中で検出可能であること、さらに前がん段階で人種差が既に存在していることを意味しているという。

また、この局所的なlossは、血液悪性腫瘍以外のさまざまな種類のがんに関連する遺伝子を含む領域に多く生じていることも判明。そのうちの一部は、日本人にのみ見られるlossで、今回BBJデータを解析したからこそ明らかになった。このことは、がん化メカニズムに人種差があることと、今後のさらなる体細胞モザイクの研究で血液悪性腫瘍以外のがんについても、人種間の疫学的な違い、特に日本人に固有の因子を説明できる可能性があることを意味している。

体細胞モザイクは全死亡率10%上昇と関連

続いて、後天的DNA変異である体細胞モザイクと関連する、生まれながらの遺伝的多型(以下、多型)を解析した結果、体細胞モザイクと非常に強く関連する多型があることを見出した。これまで、DNAマイクロアレイデータを用いたゲノムワイド関連解析(GWAS)では、発症リスクの指標であるオッズ比が2を超えるものは非常に少なかったため、個人が発症リスクに関わる多型を持っていても、その個人の疾患リスクを推定することは困難だった。

今回の解析では、オッズ比90以上に達する多型を含む合計10の遺伝子領域に存在する13の体細胞モザイク関連多型を同定。これらは、2018年のUKBデータと同じ領域、本研究と2020年のイギリス人データで同時に初めて分かった領域、さらに日本人独自の領域を含んでいた。イギリス人と日本人において同じ遺伝子領域が体細胞モザイクと関連する中で、一方の人種ではほぼ遺伝的多型性が無い稀な多型が関連する領域が複数見られたという。

これは、人類がアフリカから移動して両人種が分かれた後、同じ遺伝子領域にそれぞれの人種で生じた多型が同じ体細胞モザイクの出現に関わっていることを意味しており、異なる多型による同じ遺伝子を介した同じメカニズムが存在することを示唆している。特に関連の強い領域はNBS1遺伝子とMRE11遺伝子であり、これらの遺伝子がコードするタンパク質は、DNA二重鎖切断の修復に関わるMRN複合体を構成する要素だった。すなわち、DNA二重鎖切断という細胞にとって重篤な変化に対する修復機構の異常が、体細胞モザイクを起こす原因であることが強く示唆された。

また、これら人種特異的な稀な関連多型を同定するにあたり、日本人の全ゲノムシーケンス解析の結果を組み込んだ参照配列が有効だった。全ゲノムシーケンス解析によって日本人特異的な稀な多型を同定し、18万人という大きなDNAマイクロアレイデータを用いて多型データを推定したことが、今回の結果につながった。

最後に、BBJデータの中で生存調査データのある14万人のうち、BBJ登録時点でがんに罹患していない約8.7万人を対象に、体細胞モザイクと将来の死亡率の関連を調べた。その結果、体細胞モザイクを持つと全死亡率が10%上昇することが判明。疾患別の死亡率では、血液悪性腫瘍、特に白血病の死亡率の上昇と強く関連していた(ハザード比4.7)。個別の体細胞モザイクとの関係を解析したところ、白血病による死亡率を80倍以上にするCN-LOHや、全死亡率を40%以上上昇させるCN-LOHを同定。また、白血病死亡を除いても全死亡率の上昇はほとんど影響を受けなかったことから、体細胞モザイクの存在は血液悪性腫瘍以外の死因とも広く関わっていることが示された。

日本人特有の白血病発症メカニズムの解明に期待

今回の研究成果により、18万人における白血球の体細胞モザイクの地図を描くことができ、解析結果から、DNA二重鎖切断の修復機構の異常により体細胞モザイクが生じることが強く示唆された。体細胞モザイクと白血病死亡率の上昇との関連は、がんの発生機構の解明に向けた基礎医学の進歩に貢献すると期待される。また、加齢に伴う体細胞モザイク保有割合の大きな上昇は、老化に伴うDNA二重鎖切断の修復機構の異常を示唆している。この結果は、体細胞モザイクと全死亡率上昇の関連と合わせて、老化メカニズムの解明と疾患治療法の開発への貢献が期待されるという。

DNAマイクロアレイデータは、全世界で数百万人以上の規模で存在し、これまでその情報は生まれつきの変異の同定にのみ使われてきた。今回、このデータには後天的な染色体変化の情報が含まれていることが明らかになり、そのメカニズムの一端を解明した。人種特異的関連多型の同定には、全ゲノムシーケンス解析の結果を利用することの有効性も示された。今後、すでに利用可能なDNAマイクロアレイ情報を集約させるほか、新しい大規模アレイデータを作り出し、日本人大規模全ゲノムシーケンス解析データと組み合わせて解析すれば、日本人に特有な機構を含む詳しい体細胞モザイクの機構が解明され、老化やがん化のメカニズムの解明、体細胞モザイク発生と老化・がん化を予測する臨床医学の発展につながると期待できる、と研究グループは述べている。

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