不明だった脳の座標系の柔軟な切り替え機能について研究
京都大学は6月22日、物体の動きに関与する柔軟な座標表現の脳機能を明らかにしたと発表した。これは、同大大学院医学研究科の佐々木亮助教(同研究遂行当時:米国ロチェスター大学)、米国ロチェスター大学のGreg DeAngelis 博士、Akiyuki Anzai同博士、米国ニューヨーク大学のDora Angelaki博士らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Neuroscience」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
ヒトの日常生活において、自身の動きおよび外界の物体の動きを正しく認識し、自身と他者との位置および速度関係を正確に判断することは重要な能力のひとつだ。とりわけ、スポーツなどではこのような状況が仕切りなしに切り替わり、柔軟な判断が問われる。
例えば、サッカーでヘディングシュートを試みるとき、自身の動きとともに、自身に対するボールの動きの軌跡を計算する必要がある。このときは、自身中心の座標システム(自身中心座標)が有効になる。一方、他のプレイヤーやボールが、ゴールに対してフィールドのどこに位置しているかを計算するには、外界中心の座標システム(世界中心座標)が求められる。ヒトが、いとも簡単にこれらのことを達成できるのとは裏腹に、脳神経システムは非常に複雑な計算問題に直面している。網膜から入力される視覚情報に基づく脳神経細胞の活動を、ヒトがどのように知覚、判断へと結び付けているのかといった、座標系の柔軟な切り替えの脳機能については、これまで明らかにされていなかった。
腹側頭頂野の細胞が、自身中心/世界中心という2つの座標表現を持ち、それらを柔軟に切り替えていることが判明
研究グループは今回、サルを実際に動かしながら物体の動きを答えさせる課題を訓練した。この課題では、サルは、ときとして自身に対して(自身中心座標)、物体がどの方向に動いたかを答える必要があり、またあるときには外界に対して(世界中心座標)、物体がどのように動いたかを答える必要がある。ポイントは、サル自身も動きながら、物体の動きを答える必要があるという点にある。つまり、サッカー選手のように、必要となる座標表現を柔軟に切り替えて物体の動きを判断しなければならない。
訓練の結果、サルは上手にふたつの座標系を切り替えて物体の動きを答えるようになったという。そこで研究グループは、この課題を遂行しているときのサルの脳(腹側頭頂野)活動を記録した。その結果、腹側頭頂野の一つひとつの細胞が、自身中心/世界中心の両方の座標表現を持ち、教示によって柔軟にそれらの表現を切り替えていることが判明。これは、複数の座標系(脳内に存在する、例えば網膜、眼、頭部といった身体の各部位に関わる機能)が独立に存在しているという定説を覆す発見だという。さらに、一つひとつの細胞は、サルの判断を推定するに至らない情報量しか持っていないが、細胞集団としての働きにより、サルの判断に相当する精度の推定が可能となることが、計算論を用いて証明された。
これらの結果から、ヒトがいとも簡単に自身と他者との位置および速度関係の正確な検出と柔軟な判断ができるのは、脳内、とりわけ腹側頭頂野において別々の座標系が複数表現され、状況に応じて必要な座標系が切り替わる機能が働いているためであることが明らかになった。
トレーニング療法や自動車の衝突回避システムの開発など、他分野への応用にも期待
今回の研究は、心理行動、神経生理および計算論的アプローチを用いて遂行したものであり、複数の研究分野から幅広く総括的に証明された成果として、分野間をつなぐ研究としての役割も期待できる。
研究グループは、「今後の展望は、本研究で導いたような知覚判断の情報が、実際に身体の運動情報とどのように統合されアクションを起こすのかという問題について、感覚入力から運動出力に至る一連の脳機能を解明することだ。本研究成果を通して、脳科学への貢献のみならず、医療およびスポーツ分野におけるトレーニング療法の開発や、自動車の衝突を回避する工学応用などへの発展も期待できる」と、述べている。
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・京都大学 研究成果