従来の解析法では、数百種類の薬剤による効果を一度に検証することは困難だった
順天堂大学は5月29日、家族性パーキンソン病患者由来のiPS細胞から作製したドーパミン神経細胞を用いた病態検出システムの自動化に成功し、一度に多くの薬剤スクリーニングを行うことを可能にしたと発表した。これは、同大大学院医学研究科ゲノム・再生医療センターの赤松和土教授、石川景一助教、神経学の服部信孝教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Stem Cell Reports」のオンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
パーキンソン病は、ドーパミン神経細胞の減少により手足のふるえやこわばり、動作の緩慢、姿勢の不安定性(転びやすくなる)などの運動症状や自律神経障害を示す疾患。現在のところ、治療はいずれも失われたドーパミン神経細胞の機能を補う対症療法であり、根本的な治療法がないのが現状だ。およそ90%のパーキンソン病患者は原因が明らかでない孤発性パーキンソン病だが、10%の患者は家族性パーキンソン病であり、研究グループは原因遺伝子が明らかな家族性パーキンソン病患者からiPS細胞を作製し、発症メカニズムの解明を進めてきた。これまでの研究で、家族性パーキンソン病の中でもPARK2とPARK6と呼ばれるタイプでは、損傷したミトコンドリアを除去する働きに異常があることが明らかとなっており、これはPARK2とPARK6の患者から作製したiPS細胞を神経細胞に分化させた場合でも同様であることがわかっている。この損傷ミトコンドリア除去機能の低下を薬剤で回復させることができれば、パーキンソン病の発症予防や進行抑制が可能になると予想される。しかし、これまでの解析法では研究者が一つひとつの細胞を丁寧に観察する必要があり、数百種類の薬剤による効果を一度に検証することは困難だった。また、家族性パーキンソン病の発症メカニズムが孤発性症例と、どの程度共通するのかは全く不明だった。
そこで研究グループは今回、家族性パーキンソン病に対して改善効果のある薬剤を明らかにするスクリーニングシステムを確立することを目的として、解析手法の自動化の検討を行った。
320の化合物をスクリーニング、病態を改善させる4種類の化合物を同定
今回の研究では、順天堂医院に通院するPARK2の患者2人およびPARK6の患者1人から作製されたiPS細胞を、研究グループがこれまで開発してきたiPS細胞からドーパミン神経細胞を誘導する複数の手法を組み合わせて、96個の小さな穴を持つプレート上でドーパミン神経細胞へと分化誘導した。そして、患者iPS細胞から分化させたドーパミン神経細胞における損傷ミトコンドリア除去機能の低下や細胞死の増加といった病態を、イメージングサイトメーターと呼ばれる機器を用いて自動的・定量的に検出する方法を確立した。
この手法を用いて、既に臨床応用されている薬剤を含む320種類もの化合物を用いて、損傷ミトコンドリア除去機能改善効果などの病態改善効果を検証した。その結果、PARK2およびPARK6の病態を改善させる治療薬候補の化合物として、MRS1220、トラニルシプロミン、フルナリジンの3種類の化合物を同定した。また、320種類の化合物のうち逆にミトコンドリアの蓄積傾向を示し病態を悪化させたものの中で、ドーパミンの働きを抑制するピモジドという薬剤が見つかったことから、その反対の作用を持つ化合物を探した。その結果、すでにパーキンソン病治療薬として過去に使われていたブロモクリプチンが従来のドーパミン作動薬としての作用とは異なる作用で病態を改善させることを明らかにした。これら同定された4種類の化合物をPARK6パーキンソン病ショウジョウバエモデルに投与したところ、全ての化合物で症状の改善傾向が見られた。
続けて、これらの化合物が特定の家族性パーキンソン病のタイプのみならず、症例の90%を占める孤発性パーキンソン病でも効果があるかを検討した。順天堂医院に通院する4人の孤発性パーキンソン病の患者由来のiPS細胞から分化させたドーパミン神経細胞では、うち2人にPARK2/PARK6と同様のミトコンドリア除去機能低下を認めたため、4種類の化合物の効果を検証したところ、そのうちの1人のドーパミン神経細胞においても、これらの化合物に病態改善効果があることがわかった。これらの化合物は副作用などの問題から使用されなくなったものもあり、そのまま治療薬として使用することはできないが、構造が近い薬物をさらに調べたり、最適な濃度を検討したりすることにより、新たな治療薬候補の開発につながる可能性があるという。
家族性症例で同定された薬剤が、孤発性症例にも有効である可能性
今回の研究では、患者由来iPS細胞を用いた薬剤スクリーニングシステムによって同定された薬剤が、家族性パーキンソン病患者由来細胞のみならず、孤発性パーキンソン病患者由来細胞の一部に対しても病態改善効果があることが明らかになった。研究グループはこれまで、原因遺伝子が明らかである家族性パーキンソン病のiPS細胞を用いて病態解明や治療薬の候補の探索を進めてきたが、パーキンソン病の症例の大部分を占める孤発性症例にどのぐらい共通しているか、どのぐらい応用できるかは全く不明だった。
今回の研究結果によって、家族性症例と孤発性症例に共通の病態メカニズムがあることが示唆され、家族性パーキンソン病の細胞を用いて同定した病態改善効果のある化合物を見つけることが、症例の大部分を占める孤発性症例にも有効な薬剤開発につながる可能性があることが示された。
研究グループは、「今回の化合物が有効であった孤発性症例は一部の症例に限られたことから、今後は多様性に富む孤発性症例をより詳細に検討し分類することが必要であり、それぞれの患者に即した治療薬を用いたオーダーメイドのパーキンソン病治療戦略を展開していきたいと考えている」と、述べている。
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・順天堂大学 プレスリリース