認知機能障害が、幼少期の虐待やネグレクトとどのように関連するのかについて検証
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は6月17日、幼少期に性的虐待のあった心的外傷後ストレス障害(PTSD)女性患者において、認知機能に低下がみられることを明らかにしたと発表した。これは、同センター精神保健研究所の金吉晴所長、行動医学研究部の堀弘明室長、中山未知研究生らの研究グループが、同センター神経研究所疾病研究第三部、名古屋市立大学大学院医学研究科精神医学教室、金沢大学国際基幹教育院臨床認知科学研究室と共同で行ったもの。研究成果は、国際精神医学誌「Frontiers in Psychiatry」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
PTSDはトラウマ体験を契機として発症する疾患であり、トラウマ的な出来事に関連した苦痛な記憶を繰り返し想起するなどの症状のほかに、記憶や注意、実行機能、言語などの認知機能の低下と関連することが知られている。幼少期の虐待/ネグレクトは、後の人生でトラウマに曝されたときのPTSD発症のリスク要因の1つであり、また、子どもの認知機能障害と関連することが、さまざまな研究により明らかになっている。しかし、幼少期の虐待/ネグレクトが引き起こしうる認知機能障害が、長期的にどのように影響するのかについては十分にわかっていなかった。
研究グループは今回の研究に先立ち、PTSDの女性患者と健常対照女性の認知機能を比較し、患者において有意に認知機能が低下していることを見出していた。そこで今回、成人のPTSD患者におけるこのような認知機能障害が、幼少期の虐待/ネグレクトの経験とどのように関連するのかを検討した。
PTSD患者の中でも性的虐待経験者に、言語などの認知機能低下目立つ
今回の研究は、共同研究機関とともに実施している「PTSD研究プロジェクト」において収集中のデータの一部を用いて行われたもので、50人のPTSD女性患者および94人の健常対照女性を対象とした。幼少期の虐待/ネグレクトは、広く用いられている質問紙「Childhood Trauma Questionnaire (CTQ)」によって評価した。また、認知機能は日本語版の妥当性が確立されている神経心理学的検査バッテリー「Repeatable Battery for the Assessment of Neuropsychological Status(RBANS)」で測定した。
検証の結果、PTSD患者群では健常対照群に比べ、幼少期の身体的虐待/ネグレクト、性的虐待、心理的虐待/ネグレクトを有意に多く経験していることが見出された。患者群において、幼少期の性的虐待を多く受けているほど、言語をはじめとする認知機能が有意に低いという負の相関が認められた。一方、健常群では幼少期の虐待/ネグレクトと認知機能との間に有意な相関がみられなかった。
さらに、患者群の中で比較を行ったところ、性的虐待の経験を持つ者は持たない者に比べ、言語および総得点(全般的な認知機能の指標)が有意に低いことが示された。
これらの結果から、PTSD患者群では健常対照群に比べて認知機能が低下しており、とりわけ「幼少期の性的虐待を有する患者では認知機能低下が目立つ」ということが明らかになった。
今回の研究成果により、幼少期の性的虐待の経験がその後長期にわたって影響を及ぼし、全員がそうなるわけではないものの、PTSD患者の認知機能低下のリスクとなる可能性を示された。研究グループは、「本研究結果から、臨床場面や教育・福祉現場での注意深い観察や傾聴による、子どもの虐待/ネグレクトの早期発見および介入の重要性が示唆される」と、述べている。