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冬眠しない哺乳類を冬眠様状態に誘導できる新規神経回路を発見-筑波大ほか

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2020年06月16日 PM12:00

酸素供給のミスマッチ回避のために期待される「」の臨床応用

筑波大学は6月11日、マウスを冬眠に似た状態に誘導できる新しい神経回路を同定したと発表した。この研究は、同大医学医療系/国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)の櫻井武教授、髙橋徹大学院生(生命システム医学専攻博士課程2年)らの研究グループが、理化学研究所生命機能科学研究センターの砂川玄志郎基礎科学特別研究員との共同研究として行ったもの。研究成果は、「Nature」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより

冬季の低温や飢餓などエネルギー源が乏しい状況に陥った際に、自ら代謝を下げエネルギー消費を抑えることで生存する哺乳類が存在する。このような低代謝状態を「休眠」と呼び、24時間以内の休眠を日内休眠、それ以上にわたる休眠を冬眠と呼んでいる。冬眠はときに数か月にも及ぶことがある。冬眠中の動物は正常時と比べて数%まで酸素消費量が低下する。この状態では体温セットポイントが低下し、通常は外気温よりも数℃高い程度の低体温になるが、環境の変化に適応することが可能であり、何ら組織障害を伴うことなく自発的に元の状態に戻る。このような「制御された低代謝あるいは低体温」に耐えられる性質により、組織の酸素需要を減らすことができる。

臨床では、心筋梗塞・狭心症、脳梗塞、ショック、換気不全などの際に患者の酸素供給が酸素需要に追いつかないことがしばしば問題となる。冬眠動物のように生体の「」を安全に低下させることができれば、酸素供給のミスマッチを回避することができるため、冬眠の臨床応用が期待されている。しかし、冬眠動物がどのように代謝を下げるのか、通常は37℃付近に強固に保持される哺乳類の体温を下げるためにどのようなメカニズムを使っているのか、などといったシンプルな問いに答えることがいまだにできていなかった。これは、通常使用される実験動物であるマウスやラットが冬眠をしないことが原因の一つといえる。冬眠動物を実験に用いることにもさまざまな障壁があり、冬眠動物といっても研究室の環境では簡便に冬眠状態にすることは困難だった。

体温と代謝を制御する「」と冬眠様低代謝状態「」をマウスで発見

今回、研究グループは、マウスの視床下部の一部の小領域に存在するQRFPという神経ペプチドを発現する神経を特異的に興奮させると、マウスの体温が数日間に渡って大きく低下し、併せて代謝も著しく低下することを発見。この神経集団をQ神経(Quiescence-inducing neurons:休眠誘導神経)、Q神経を刺激することにより生じる低代謝をQIH(Q neuron-induced hypometabolism)と名付けた。

さまざまな外気温下(8〜32℃)においてQIH中のマウス(以下、QIHマウス)の体温・代謝を計測し、体温セットポイントを理論的に算出したところ、QIHマウスでは体温セットポイントが低下していることが判明。また、外気温が28℃ではQIHマウスは身体をリラックスさせほとんど動かなくなった。しかし、外気温を低下させていくとQIHマウスは起き上がり、身体を丸めて震え始め、代謝は急激に上昇し、体温は約20℃前半で維持された。一般に、マウスを含む哺乳類は、厳しい寒冷下において、ふるえ熱産生をすることで体温を維持しようとする。QIHマウスはこれによく似た行動も示した。すなわち、QIHマウスの体温は著しく低下してはいるものの、通常(37℃)よりも低い水準で、環境の変化に適応すべく適切に制御されていることがわかった。「体温セットポイント低下」および「寒冷刺激に適応した体温制御」というこれら2つの特徴の共存は、冬眠中の冬眠動物においてのみ報告されていることから、QIHは冬眠に似た低代謝・低体温状態であることが示唆された。

QIH経験群と未経験群を用いて(マウスの運動能力・記憶力などを計測できる)行動実験を試みたところ、両群に差はみられず、脳・心臓・筋肉など諸臓器の組織観察においても差がみられなかった。また、QIHを同一個体で繰り返し行うことも可能であることから、QIHは可逆性のある安全な低代謝状態、すなわち冬眠に似た低代謝状態であることがわかった。

マウスより体の大きいラットでもQ神経刺激でQIH様低代謝を確認

次に、神経科学的手法や遺伝学的手法を用いてQ神経がQIHを誘導する詳細なメカニズムを探索。その結果、Q神経は主に視床下部背内側核に信号を送ることにより働いており、興奮性神経伝達物質のグルタミン酸を主に使用してQIHを誘導していることがわかった。

QRFPは哺乳類に広く保存されているため、研究グループは「Q神経は哺乳類に広く保存された、緊急時に作動する低代謝誘導神経である」という仮説を立てた。この仮説を検証するため、休眠動物ではないラットを用いてQ神経を含む神経集団を刺激したところ、QIHに似た可逆的な低代謝が生じることが確認された。

非休眠動物でありマウスより約10倍大きいラットにおいてもQIH様の低代謝が確認できたことから、ヒトを含めた他の哺乳類で同様の神経回路が存在し機能する可能性が示された。すなわち、Q神経を特異的に刺激することで、人間のような冬眠をしない動物でも冬眠を誘導できる可能性があり、今回の発見は、人工冬眠の実現可能性を大きく前進させるものだという。

将来の医療応用や人類宇宙進出への重要な一歩に

さまざまな疾患や外傷において、末梢組織への酸素供給の低下が致命的になることが多くあるが、QIHを迅速かつ効率的に誘導する方法を開発すれば、組織の酸素要求量を大きく下げることが可能となり、医療に革命的な進歩をもたらし得る。人工冬眠は、このような重症患者の搬送だけでなく、組織・臓器レベルの低代謝誘導による再生臓器のストックや、長期にわたる不動でも筋肉が衰えないことを利用した寝たきり老人の筋萎縮の治療など、さまざまな医療現場で応用が期待できる技術で、将来は人類の宇宙進出に大きく貢献できる技術でもある。

冬眠現象の本質は、通常では耐えられないような低体温・低代謝になぜ長期間耐えることができるのか、という点にある。研究グループは、「今後、冬眠動物で実際にQ神経がどのように働いているか、QIHを誘導した際に末梢組織にどのように低体温・低代謝耐性が誘導されているのか、などを検証することで、個体の冬眠だけではなく、組織・臓器の低代謝化も期待される」と、述べている。

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