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腸内細菌情報を肝臓が統合し、新たな迷走神経反射を通じて腸管Tregを制御-慶大ほか

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2020年06月15日 PM12:30

腸管環境の変化をどうやって脳は認識し、病気の発症を抑えているのか?

慶應義塾大学は6月12日、生体には腸管からの腸内細菌情報を肝臓で統合し脳へ伝え、迷走神経反射によって腸管制御性T細胞()の産生を制御する機構が存在することを世界で初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部内科学教室(消化器)の金井隆典教授、寺谷俊昭特任講師、三上洋平助教を中心とするグループが、同外科学教室(一般・消化器)の北川雄光教授、生理学教室の岡野栄之教授、微生物学・免疫学教室教授の吉村昭彦教授、京都府立大学の岩崎有作教授、九州大学の津田誠教授、金沢医科大学の谷田守准教授、理化学研究所の岡田峰陽チームリーダー、早稲田大学理工学術院の服部正平教授(研究当時)、東京大学の井上将行教授らと共同で行ったもの。研究成果は、「Nature」電子版に掲載されている。


画像はリリースより

腸管は消化・吸収を司る重要な臓器として機能し、一層の円柱上皮細胞によって外界(管腔)と対峙している。管腔内では100兆個を超す腸内細菌や食餌抗原など異物に絶えずさらされているが、腸管内の末梢性制御性T細胞(pTreg:過度の免疫応答を抑える腸管制御性T細胞(Treg)のうち、腸管などの胸腺以外で生まれるもの)の働きにより、過度の炎症応答が起きないように腸管恒常性が維持されている。これまで、pTregの分化・維持には、特定の腸内細菌、腸内細菌由来成分、短鎖脂肪酸(腸内細菌により産出される代謝物)、サイトカイン等が重要視されてきた。一方、神経の病気と考えられてきたうつ病や過敏性腸症候群では炎症性腸疾患の発症頻度が比較的高いことから、自律神経は腸管の免疫異常に深く関与している可能性が示唆されてきた。近年の報告で、神経系が腸管免疫機構へ関与する可能性が示唆されているが、神経系と腸管pTregの関係は長い間不明だった。また、これまで報告されてきた脳腸相関に関する研究報告では、脳と腸を結ぶ神経回路が具体的に示されておらず解剖学的な観点からも多くの謎が残っていた。

「腸→肝臓→脳→腸相関による迷走神経反射」が、腸管pTreg量を調整して恒常性維持

今回、研究グループは、腸管のpTregは肝臓−脳−腸相関(liver-brain-gut arc)という新規の迷走神経反射(自律神経によって起こる生体反応)ネットワークによって精巧に制御されていることを世界で初めて報告した。

まず、腸管のpTreg分化・維持に極めて重要とされる抗原提示細胞(APC)が腸管の粘膜固有層内に存在する神経と密接な位置に存在することを発見。さらに、腸管APCは、脾臓のAPCと異なる神経伝達物質受容体の遺伝子発現パターンを示し、特にムスカリン型アセチルコリン受容体サブタイプ1(mAChR1)が強く発現した。腸管APCを培養皿上でムスカリンを用いて刺激すると、マウスだけでなくヒトでも、pTregの分化・誘導に関わる「レチノイン酸代謝遺伝子」の発現を亢進させた。

そこで、マウスの迷走神経本幹を外科的に遮断したところ、腸管内のpTregが著しく減少。さらに腸炎モデルマウスでは迷走神経切断により病態が増悪することを確認した。次に、生体内における神経系と腸管pTregの関係を精査するために、腸管と脳を結ぶ神経回路を探索。マウスに大腸炎を発症させた際に活性化する神経を解析したところ、末梢臓器から脳への迷走神経入力系を構成する肝臓内迷走神経、節状神経節、延髄孤束核が活性化していることがわかった。さらに、細かく分岐している迷走神経をそれぞれ外科的もしくは薬剤を用いて遮断したところ、左迷走神経を構成する迷走神経肝臓枝求心路(肝臓から脳へ情報伝達する感覚神経)が、脳幹の左延髄孤束核に刺激を伝え、左迷走神経背側運動核・左迷走神経遠心路(脳から腸へ刺激を伝える副交感神経)を介する神経反射によって、腸管の APC を活性化する、という「腸→肝臓→脳→腸相関による迷走神経反射」が、腸管pTregの分化・維持に最も重要であることが明らかとなった。

アセチルコリン受容体作動薬・阻害剤で炎症性腸疾患など治療の可能性

これら迷走神経を遮断したマウスにムスカリン受容体作動薬を投与すると、腸管のpTreg数が回復し、腸炎増悪作用を無効化した。ムスカリン型アセチルコリン受容体を欠損したマウスでは迷走神経肝臓枝の遮断による腸管pTreg低下作用は確認されなかった。pTregの産生時に重要な腸内細菌を抗生剤で除菌したマウスにおいては、迷走神経肝臓枝の遮断による腸管pTreg減少作用は減弱した。腸内細菌関連因子に不応答とされるMyd88欠損マウスにおいては、迷走神経肝臓枝の遮断による腸炎病態の増悪作用は確認されなかった。これらの結果は、迷走神経肝臓枝による腸管pTreg維持において腸内細菌の存在が重要であることを示している。

腸管から流れ出る血液は、ほとんどが門脈という太い血管に合流して、肝臓に流れ込む。現在、脳腸相関(病は気から)というドグマ仮説が注目されているが、今回の研究はこれとは異なり、膨大な腸管情報が、いったん肝臓に集積・統合され、肝臓から自律神経系を介して脳・全身へ連関していることを証明したもの。これにより、肝臓は、8メートルにもなるヒト腸管内の情報の平均値を正確に集積・統合し、誤作動なく脳へ伝えるインフォメーションセンターとして機能し、腸管免疫が過剰に活性化しないように、腸管の状況に合った適切な指令を脳から腸へフィードバック伝達する機構が存在することが明らかとなった。ムスカリン型アセチルコリン受容体作動薬・阻害剤の開発は進んでいるが、今回の発見により、これらの薬剤候補が潰瘍性大腸炎・クローン病など腸の炎症を抑える可能性があり、潰瘍性大腸炎などの治療薬として期待できるとわかった。さらに、今回の研究は、腸管での新型コロナウイルスの排除や同ウイルスによる免疫過反応の制御にも応用可能であり、COVID19 治療に応用される可能性もあると、研究グループはみている。

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