運動習慣は寿命延伸に関与するが、長年の頻繁で高強度な運動は?
東京工業大学は6月11日、伝統芸能従事者は寿命が長い傾向があるものの、歌舞伎役者には例外的にその傾向が見られず、他の伝統芸能従事者よりも寿命が短いことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大リベラルアーツ研究教育院の林直亨教授と毛塚和宏講師によるもの。研究成果は、「Palgrave Communications」に掲載されている。
画像はリリースより
運動習慣は、各種疾病の予防や寿命の延伸に関与することが、多くの大規模追跡調査から明らかになっている。一方、長年にわたって高強度の運動を頻繁に実施することの影響については明らかにはなっていない。
日本の伝統芸能従事者の間では、日常生活の水準や様式がよく似ており、職業としての身体活動や様式が長年にわたってある程度一定に保たれていると考えられる。一方で、歌舞伎役者や能楽師は他の分野の従事者とは異なり、高強度の運動を頻繁に実施している。このことから、伝統芸能従事者の寿命を解析し、従事している伝統芸能の影響を比較することによって、長年にわたる高強度の運動が寿命に与える影響を検討することが可能と考えられる。研究グループは、職業として運動を行う歌舞伎役者や能楽師の寿命が長いとの仮説を立てて研究を行った。
歌舞伎役者の寿命は天皇/将軍家と差なく長唄や茶道などより短かった
今回の研究では、日本の伝統芸能(歌舞伎、茶道、落語、長唄、能)に従事する1700年以降に生まれた男性566名の誕生年と死没年を、各種情報源(ウェブや書籍)から集計。20歳以下の死亡や、自殺、戦死、事故死は除いたうえで、2点以上の情報源から誕生・死亡月を確認できた者を解析対象者とした。ただし、能楽師については情報が比較的少ないため、1点の情報源で確認できた者も対象者とした。さらに対照群として、各時代において最高の医療や食料を受けていた天皇家および将軍家の男性133名のデータも解析した。なお、日本の伝統芸能従事者の多くが男性であったため、男性のみを対象とした。対象とした伝統芸能のうち、歌舞伎や能では、長期間にわたり高強度の運動が行われていると考えられる。実際に、対象の歌舞伎役者からランダムに抽出した36名について公演(通常は1か月間にわたって実施される)回数を集計したところ、年間6回から27回の公演をこなしており、稽古も含めると相当の運動量であったことが推察された。
生存曲線を算出したところ、伝統芸能従事者はすべての群が、天皇家および将軍家よりも寿命が中央値で15歳程度長かった。一方で、1901年以降に生まれた者に限定すると、伝統芸能従事者の中では歌舞伎役者の寿命が短かった。離散時間ロジスティック回帰解析を行った結果、誕生年を考慮した場合には、歌舞伎役者の寿命は、天皇家および将軍家と有意差がなく、本研究で対象とした他の分野の伝統芸能従事者よりも短いと判明。これは、長年にわたり高強度の運動を行う歌舞伎役者や能楽師の寿命は長いとした、当初の仮説を支持しない結果と考えられた。
長年の高強度な運動は寿命に影響しない、ただし男性限定で健康寿命は不明
今回の研究では、比較的生活水準が安定していると考えられる、日本の伝統芸能従事者を対象としたことで、通常では解析が困難な、ほぼ一生涯にわたる運動実施の影響を解析することが可能になった。一方で課題としては、(1)対象者が男性限定である、(2)健康寿命は解析できない、(3)運動した群(歌舞伎と能)の遺伝の影響や、家を継ぐ使命に伴って運動が開始・継続されたことの影響は考慮していない、といった点が挙げられる。今後はこうした点を考慮した長期間の運動の影響についての研究が期待される。
また、長期にわたる高強度の運動実施が寿命の延伸に影響しないことがわかった一方で、歌舞伎以外の伝統芸能で実施されていた、運動以外の楽器演奏、発声、発話といった活動が好ましい効果を発揮していた可能性も考えられる。しかし現時点では、それを支持する論拠は十分ではない。研究グループは、「今後の研究では、伝統芸能における運動以外の活動が健康や寿命に与える影響を検討する必要もあるだろう」と、述べている。
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