医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > がん光温熱療法に用いる、より光熱効果・安全性の高いナノ薬剤を開発-量研ほか

がん光温熱療法に用いる、より光熱効果・安全性の高いナノ薬剤を開発-量研ほか

読了時間:約 3分40秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2020年06月10日 PM01:00

金ナノロッドなどに代わる、より安全性の高い材料を探索

量子科学技術研究開発機構は6月8日、がん光温熱療法に用いる光温熱材として銅(以下Cu2+)と黒リン(以下BP)からなるナノ薬剤(@Cu@PEG-RGD)を開発し、モデルマウスで腫瘍の増殖を著しく抑えられたという研究結果を発表した。これは、同機構量子医学・医療部門放射線医学総合研究所先進核医学基盤研究部の胡寛博士研究員、張明栄部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。


画像はリリースより

がんの三大療法として手術療法、化学療法、放射線療法が知られているが、安全で患者への負担が少ない、第四の治療法候補の1つとして「光温熱療法」が注目を集めている。光温熱療法では、がん細胞が正常細胞と比べて相対的に熱に弱い性質を利用し、光を当てると発熱する光温熱材を投与してがん細胞に集積させ、生体深部まで透過できる近赤外光を照射し、光温熱材から放出される熱でがん細胞を死滅させる。

光温熱剤として、金ナノロッドなどのナノ材料が知られており、光熱効果に優れてはいるものの、生体内での分解が遅いため生体への安全性が懸念されている。安全性を高めるには、生体内で早く分解される方が良いが、結果として治療に必要な光熱効果が損なわれてしまう場合がしばしばある。このため、優れた光熱効果(すなわち、高い光熱変換効率および/または光熱安定性)を有し、生体内で速やかに分解される光温熱剤の開発が、光温熱療法の臨床での使用を加速する上で課題となっている。

熱交換効率が高く容易に分解されるBPに着目

そこで研究グループは、効率的な発熱性と生体内分解能力を備えた光温熱剤を構成する材料として、生命活動の維持に必須な元素の1つであるリンの一種、BPに着目。BPは熱交換効率が高く、酸化還元反応により容易に分解されることから、近年、光温熱剤の素材候補として有力視されている。

BPからなる二次元ナノ材料BPNSに、生体において酸化還元酵素の補因子として機能するCu2+を組み合わせることで、光熱効果と生体への安全性が高い光温熱材ができると研究グループは予測。BPNSとCu2+と混合させシート状のBP@Cuを合成し、生体安定性を高めるためにBP@Cuをポリエチレングリコール(PEG)で修飾した。さらに、がん細胞と強く結合する環状RGDペプチドでコーティングし、ナノ薬剤BP@Cu@PEG-RGDを作製した。

BPNSおよびBP@Cu@PEG-RGDの溶液それぞれに、近赤外レーザーを照射した結果、BP@Cu@PEG-RGDはBPNSよりも高い光熱性能を有していることが確認された。また、Cu2+との組み合わせにより、BP@Cu@PEG-RGDはがん細胞の殺傷能力の高い活性酸素(ヒドロキシルラジカルなど)を生成することが判明。これらのことから、BP@Cu@PEG-RGDは、高い光熱性能と活性酸素生成能の相乗効果により、がん細胞の殺傷効果が高く、生体への安全性の高い光温熱材であると考えられた。

BP@Cu@PEG-RGDを投与した担がんマウスの腫瘍体積が減少

続いて、モデルマウスでの治療効果を検討するための実験を行った。6週齢のマウスに悪性黒色腫由来細胞(B16F10)を皮下注射し、7日間腫瘍を増殖させた担がんマウス作製し、腫瘍モデルとした。腫瘍を増殖させた後の担がんマウスに、1、3、5、7日目に計4回光温熱治療を実施。治療の各回において、BP@Cu@PEG-RGDを尾静脈から投与し、投与の24時間後、腫瘍全体に近赤レーザー(波長808nm、1W/cm2)を2分間照射した。

近赤外レーザー照射後、BP@Cu@PEG-RGDを投与した担がんマウスでは腫瘍の温度が5分以内に急速に上昇して、最高56℃に達し、がん細胞の殺傷に十分な発熱が確認できた。一方、生理食塩水を投与した担がんマウスでは腫瘍の温度は32℃だった。光温熱治療後、腫瘍体積を実測したところ、BP@Cu@PEG-RGDを投与して治療をした担がんマウスのすべての個体で、明らかに腫瘍の増殖が抑制された。抑制効果は顕著であり、対照群に比べて腫瘍の体積が約10%まで減少していた。また、両群ともに体重は異常なく着実に増加し、死亡例もなく、顕著な有害な副作用は認められなかった。これらのことから、BP@Cu@PEG-RGDは近赤外レーザー照射により優れたがん細胞殺傷効果を発揮する、生体への安全性が高い光温熱材であることがわかった。

PET撮影による治療効果の評価可能、治療前の効果予測にも有用な可能性

さらに、PETによる治療効果の評価が可能かを検討するため、BP@Cu@PEG-RGDのCu2+を放射性元素64Cu2+で置き換えた放射性薬剤BP@64Cu@PEG-RGDを作製した。光温熱治療開始から2週間後にBP@64Cu@PEG-RGDを投与してPETで撮影。PET画像から腫瘍体積を測定して、実測した腫瘍体積と比べたところ、両者が完全に一致した。臨床では、腫瘍が体深部にあり体積の実測をできない場合がほとんどだが、BP@64Cu@PEG-RGDを投与して撮影したPET画像から腫瘍体積を正確に計測することができると考えられる。

Cu2+と放射性元素64Cu2+の化学的な性質は変わらないため、BP@64Cu@PEG-RGDは光温熱治療の光温熱材として利用できるだけでなく、PET撮影に用いることにより、治療効果の客観的な評価や腫瘍の進行のモニタリングにも利用できる可能性がある。また、治療前にPET撮影を行い、腫瘍にBP@64Cu@PEG-RGDが集積しているかどうかを確認することにより、光温熱治療の効果を予測することにも役立つ可能性もある。「さらに、この薬剤のベースである、BPNSは、今回修飾に用いたRGDとは別のペプチドで修飾する、抗体や抗がん剤と組み合わせるなどによって、より効果の高い治療法を開発するための基盤的な素材になると期待される」と、研究グループは述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 血液中アンフィレグリンが心房細動の機能的バイオマーカーとなる可能性-神戸大ほか
  • 腎臓の過剰ろ過、加齢を考慮して判断する新たな数式を定義-大阪公立大
  • 超希少難治性疾患のHGPS、核膜修復の遅延をロナファルニブが改善-科学大ほか
  • 運動後の起立性低血圧、水分摂取で軽減の可能性-杏林大
  • ALS、オリゴデンドロサイト異常がマウスの運動障害を惹起-名大