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睡眠中の脳で再生する新生ニューロンが、記憶の定着に重要であると判明-筑波大ほか

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2020年06月08日 PM12:00

睡眠により身体のさまざまな再生能力が賦活化、脳は?

筑波大学は6月4日、大人の脳で再生するごくわずかな神経細胞(新生ニューロン)が、レム睡眠中に脳で起こる、記憶の定着に重要な働きをすることを発見したと発表した。これは、同大国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)のディペンドラ・クマール研究員、坂口昌徳准教授らと東京大学医学系研究科およびニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)の菅谷佑樹助教らの共同研究チームによるもの。研究成果は、「Neuron」のオンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

ヒトの体内の多くの臓器には、細胞が毎日新しく生まれ変わる再生能力がある。例えば、けがをしたり、献血や出血で血液を失っても、通常は数日で元の状態に戻るが、脳は例外だ。大人の脳では、病気や事故で失われた神経細胞は二度と再生しない。この再生能力の低さが、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患や、脳卒中、事故による脳挫傷などの治癒を非常に難しくしている。ところが最近の研究で、記憶に重要な働きをする海馬では、成長期を過ぎた大人になっても、ごく少数の神経細胞が毎日新たに再生していること(ニューロンの新生)がわかってきた。この大人の脳内に僅かに残る再生能力を上手く利用することで失われたニューロンを元に戻し、障害を受けた脳機能を回復させるための研究が世界中で続けられている。

今回研究チームは、睡眠が身体のさまざまな再生能力を賦活化させることをヒントに、脳の再生能力と睡眠との関係を調査した。

新生ニューロンの活動をレム睡眠中に抑制したマウスは、恐怖記憶を忘却

研究チームは、超小型の脳内視鏡を用いて、睡眠中のマウスの脳内で新生ニューロンが活動する様子を、世界で初めて観察することに成功。これにより、睡眠中の新生ニューロンの活動は、起きているときの半分以下になることが明らかになった。新生ニューロンが生じる海馬は、記憶に深く関わる脳部位だ。また、記憶の定着には睡眠が重要な役割を果たすことが知られていることから、起きている間に恐怖体験を学習することによって、その後の睡眠中の新生ニューロンの活動がどのように変化するかを調べた。その結果、マウスの脳内に怖いという感情を伴う記憶()が定着するプロセスのうち、とりわけレム睡眠中には、新生ニューロンの活動が全体的に大きく低下することを発見した。一方で、恐怖学習の最中に活動していた新生ニューロンだけは、レム睡眠中に再び活動が上昇することが判明した。

もし、レム睡眠中の新生ニューロンの活動が恐怖記憶の定着に重要なのであれば、その活動を人工的に操作することで、何らかの変化が引き起こされる可能性がある。そこで、新生ニューロンの活動を光刺激によりピンポイントで操作する技術(光遺伝学的手法)を新たに開発し、新生ニューロンの活動と記憶の定着との関係を調べた。新生ニューロンは、大人の脳の中で生涯にわたり神経幹細胞から生じ続け、2か月程度で完全な神経細胞に成長する。この成長過程のさまざまなタイミングで、新生ニューロンの活動をさまざまに操作したところ、発生から1か月程度の新生ニューロンの活動をレム睡眠中に抑制したときに限って、マウスが恐怖記憶を忘れてしまうことが判明した。ノンレム睡眠中や、そのほかの成長段階の新生ニューロンで活動を抑制しても、このような現象は起こらなかったという。さらに、この時期の新生ニューロンに限って、シナプスという神経細胞同士の情報伝達に重要な構造が、レム睡眠中の活動によって変化し得ること(可塑性)も明らかになった。これらのことから、記憶の定着には、レム睡眠の大人の脳に存在する成長途上の新生ニューロンが持っているシナプスの可塑性が重要であることも示唆された。

研究チームは現在、この大人の脳が持つ再生能力が、睡眠中に記憶を定着させる仕組みをさらに明らかにするべく、さらに研究を進めている。今後は、大人の脳内で一定の成長段階にある新生ニューロンが、強いシナプスの可塑性をもつことに注目し、その原理を明らかにしていくとしている。

PTSDの病態理解や、新規治療法の開発に応用できる可能性

これらの研究を通して、脳の再生能力を増強させる方法を見つけることができれば、アルツハイマー病など、ニューロンが失われる病気の新しい治療法の開発に貢献することが期待される。

研究チームは、「さらに、これまでほとんどわかっていなかった、レム睡眠中の記憶の処理の仕組みについてより深く理解することで、トラウマ記憶からの回復を促進する方法論の開発を目指している。これは、)の病態理解や、新しい治療法の開発にも応用できると考えられる」と、述べている。

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