40年以上前に提唱された「ルミクライン」システムに着目
大阪大学は6月5日、精巣タンパク質「NELL2」が、精巣上体にはたらき、精子の成熟機構のスイッチをオンにするメカニズムを世界で初めて明らかにしたと発表した。これは、同大微生物病研究所の淨住大慈助教、伊川正人教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Science」(オンライン)に掲載されている。
画像はリリースより
精子は、精巣にある精細管の内側(管腔)でつくられるが、精巣でつくられたばかりの精子は、泳ぐことも、卵との融合できない、つまり受精能力を有していない状態である。これは精子を成熟させる機能が精巣には備わっていないからだ。精巣でつくられた精子は精細管の管腔を通って精巣上体へ送られ、そこで2週間という長い時間をかけて「成熟」することでようやく受精能力を獲得する。
これまで、精子形成機構が盛んに研究される一方、性成熟期に精巣上体が分化する仕組みや、精巣上体が精子を成熟させる仕組みについては研究がほとんど進んでいない。そこで、研究グループは、精巣と精巣上体が管でつながっていること、精巣から切り離された精巣上体が未分化な状態に戻ることなどから、40年以上前に提唱された、管腔を通る因子を介した組織間相互作用、「ルミクライン」システムに着目し、研究を開始した。
NELL2<ROS1<精巣上体が分化<OVCH2分泌により精子は成熟
研究グループは、遺伝子発現解析と、遺伝子改変マウスを組み合わせて研究を進めた。まず、性成熟期にかけNELL2タンパク質が精巣の精細胞でつくられること、管腔を通して運ばれたNELL2タンパク質に、精巣上体のROS1タンパク質が応答して精巣上体が分化することを確認した。
次に、ゲノム編集により遺伝子を破壊したマウスを作ったところ、精巣のNELL2、精巣上体のROS1、どちらを無くした場合でも精巣上体が分化せず、精子が成熟できないため雄性不妊となった。さらに同様の実験を重ね、分化した精巣上体がタンパク質分解酵素(OVCH2)を分泌することで、精子を成熟させることも見出した。
6組に1組のカップルが不妊に悩んでおり、そのうち、男性側に原因があると考えられるケースは約半数といわれている。今回の研究で、NELL2がルミクライン因子であることが世界で初めて明らかになり、今後NELL2による精子成熟の制御機構を明らかにしていくことで、加齢による生殖能力の低下との関連研究、不妊症の診断や治療薬、男性避妊薬の開発に繋がると期待される。「これまで仮説であった、ルミクラインという組織間情報伝達システムが解明されたことで、ライフステージを通してさまざまな生命現象を理解するための新たな視点が加わった」と、研究グループは述べている。
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・大阪大学 微生物病研究所 研究成果