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授乳によるオキシトシンの変動に大きな個人差があることが判明-京大ほか

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2020年06月05日 AM11:45

オキシトシンの変動値が、対人場面での感じ方とどのように関連するのか?

京都大学は6月4日、初産で生後2~9か月児を育児中の母親を対象に、「母乳授乳する」あるいは「乳児を抱く」行為の前後で「オキシトシンホルモン(以下、オキシトシン)」を計測し、他者の表情の感じ方に変化が生じるか、そこにはどの程度の個人差が認められるかを調べた結果、母乳授乳の継続期間によらず、オキシトシンの変動には大きな個人差が認められることを明らかにしたと発表した。これは、同大大学院教育学研究科の明和政子教授、松永倫子同博士後期課程3年、麻布大学の菊水健史教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Biology Letters」のオンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

母乳授乳は、養育者の心的ストレスを軽減したり、乳児に対する快の感情を高めたりすると言われている。内分泌ホルモンのひとつであるオキシトシンは、哺乳類動物に共通してみられ、出産時に子宮を収縮させて分娩を促したり、母乳を放出させたりする働きがある。近年のヒトを対象とした研究によると、オキシトシンの分泌は、女性が妊娠出産する時に限定的に起こるものではなく、養育経験によって男性でも同様に分泌されること、また、対人関係を円滑に進めたり、記憶・学習能力を高めたりする働きをもつことも示されつつある。しかし、実際のデータ値は、オキシトシンの分泌が個人間で一様でないことを示しており、そこにかなりの個人差がみられる点については見落とされてきた。さらに、その個人差がオキシトシンの働きにどのような違いを与え得るかについては全くわかっていない。

研究グループは、母乳育児を行っている最中のヒトの母親に協力を依頼し、個人内でのオキシトシン分泌の変動を調査した。さらに、その変動値が対人場面での感じ方とどのように関連するかを検討。他者(成人)の「表情」を見たときの情報処理(表情知覚)に着目し、今回は「母乳授乳を行う前後でオキシトシンを高めた母親ほど、他者の快表情(うれしい)に敏感となり、また、不快な表情に対する感じ方が緩和される」と予測し、研究を行った。

母乳授乳によるオキシトシン値の変動が「他者の表情を見たとき」の感じ方に影響

研究には、初産で生後2~9か月児を養育中の母親51人が参加。母親たちは、「母乳授乳する」あるいは「乳児を抱く」のいずれかの行為を割り当てられ、その行為の前後で、1回ずつ計2回の唾液採取を行い、オキシトシン値を計測した。さらに、成人の表情の情報処理に関する2つの課題を実施した。

1つめの「表情検出課題」では、円状に並んだ8つの成人の表情が、「全て同じである」あるいは「1つだけ異なる表情(うれしい/怒り)が含まれている」のいずれかを2択で回答。2つめの「表情判断課題」では、モーフィング技術によって作成した動画を使用し、3秒間かけて無表情から次第に「怒り」「悲しい」「うれしい」「悲しい」のいずれかの表情へと動的に変化する動画を母親に見せ、その間に、どの表情へ変化していくかをできるだけ早くに判断してもらった。また、その表情から快あるいは不快をどの程度強く感じるかを「0(全く感じない)~8(非常に強く感じた)」の9段階で評価してもらった。これらの課題では、「反応時間」と「正答率(正確性)」を分析の指標とした。さらに、精神面の個人特性が授乳行動やオキシトシン分泌に与える可能性についても調べるため、養育者の不安傾向や共感性、気分、養育者自身の愛着傾向を主観的に評価する質問紙にも回答してもらった。

オキシトシン値を分析した結果、「母乳授乳」群と「乳児を抱く」群では、オキシトシンの平均値と行為の前後での変化量に、統計上の有意差はみられなかった。つまり、「母乳授乳」あるいは「抱き」行為の前後でみられるオキシトシンの変動に、大きな個人差が認められた。この結果は、授乳した後や乳児を抱いた後に全ての母親のオキシトシン値が高まるわけではないことを示している。

他方、母乳授乳を行った母親では、オキシトシン値の変動と表情の感じ方の間にある関連が見られた。授乳後にオキシトシン値を高めた母親ほど、「表情検出課題」において快の表情(うれしい)を知覚する正確性が高く、また、不快な表情(怒り)の知覚の正確性が低くなっていた。また、「表情判断課題」では、授乳後にオキシトシン値が高まった母親ほど、うれしい表情の感じ方が弱いことがわかった。これらの結果は、母乳授乳によるオキシトシン値変動の個人差が、他者の表情を見たときの感じ方に影響する可能性を示している。

ヒトの授乳が心理・行動の側面に与える影響について調べた従来の研究は、「母乳授乳」と「人工哺乳」とを比較することで行われてきた。しかし今回の研究成果により、母乳授乳をしている母親の間でも、オキシトシンの変動には大きな個人差が見られること、そのような身体生理変化の個人差が他者の表情の感じ方に反映されている可能性を実証的に示すことができたという。オキシトシン値の個人差を考慮して、対人心理・行動特性に与える影響の可能性を示したのは、同研究が初めてとなる。

養育者の心身の個人差が、育児ストレスや産後うつと関連する可能性

授乳によるオキシトシンの高まりは、他者の快表情の知覚を促進し、また、不快な表情の知覚を緩和すると考えられる。それは母親の心的ストレスを緩和したり、育児動機を高めたりすることに寄与すると思われるが、今回の研究で、授乳によって全ての母親のオキシトシンが高まっているわけではなく、また、それは他者の表情の感じ方にも関連しているという点が明らかになった。

WHOのガイドラインにも明記されているように、世界的に母乳授乳が推奨されているが、母乳による授乳を行うことがかなわず、育児に対して過度なストレスを抱えたり、母親としての心的挫折を経験したりしている母親は少なくない。母乳が乳児の免疫力を高めたり、感染症リスクを低めたりすることは事実だが、育児という営みには、育てる親の心身の状態を支え、守ることも重要だ。親の状態が、乳幼児の心身の発達に大きく影響することもわかっている。、人工乳にかかわらず、授乳する行為を経験することで、親と子の「何が」「どのように」変化するかを科学的に解明することは、効果的な産後うつ対策や、個々の特性に適した支援法の具体的提案を可能にする。

研究グループは、「今後は、本研究が見出した養育者側の心身の特性の個人差が、育児ストレスや産後うつとどのように関連するのか、養育者側の個人差が、乳児の身体・認知発達にどのような影響を与えるのかを検証することが課題だ。それにより、現代社会の育児を「親子セット」で支援し得る、科学的エビデンスに基づく具体策、介入法の提案を目指していく」と、述べている。

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