HTLV-1の「HBZ」に注目、マウスで詳細に解析
熊本大学は6月1日、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)が、ウイルス遺伝子「HTLV-1 bZIP factor(HBZ)」の作用により、HTLV-1に感染した免疫細胞(T細胞)のサイトカインへの反応性を変えることで炎症と発がんを引き起こすメカニズムを明らかにしたと発表した。この研究は、同大病院感染免疫診療部の樋口悠介助教、同大学院生命科学研究部の安永純一朗准教授、松岡雅雄教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「米国科学アカデミー紀要」(PNAS)に掲載されている。
画像はリリースより
ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)は、成人T細胞白血病(ATL)というリンパ球の悪性腫瘍や、HTLV-1関連脊髄症(HAM)と呼ばれる慢性の神経疾患の原因ウイルスで、日本に現在約80万人の感染者が存在すると推定されている。このウイルスは、感染したリンパ球の数を体内で増やすことにより病気を引き起こし、約2~5%の感染者では感染細胞が悪性化しATLを発症する。
研究グループは、ウイルスが持っている「HTLV-1 bZIP factor」(HBZ)という遺伝子に注目し、HBZが機能するように遺伝子操作したモデルマウス(HBZトランスジェニックマウス:HBZ-Tgマウス)を作製して解析してきた。このHBZ-Tgマウスでは、ヒトのHTLV-1感染者と同じ種類のリンパ球(CD4陽性CD25陽性Foxp3陽性のT細胞)が増加し、炎症と悪性リンパ腫を発症することから、HBZがHTLV-1の病原性に重要な役割を果たしていると考えられていた。そこで、HTLV-1が慢性に感染し、病気を引き起こすメカニズムを解明するため、HBZ-Tgマウスを詳細に解析した。
HBZがCD4+T細胞のIL-6およびIL-10応答を撹乱して炎症と発がんを惹起
これまでの研究で、HBZ-Tgマウスは炎症とT細胞性リンパ腫を合併し、特に炎症が強いマウスではリンパ腫の合併率が高いことを見出していた。炎症性サイトカインであるIL-6が炎症を介して発がんを促進することが知られているため、研究を始めた当初はHBZ-TgおよびATLにおいてもIL-6が発がんを促進している可能性を検討。IL-6を産生できないHBZ-Tgマウス(HBZ-Tg/IL-6ノックアウトマウス)を作成し解析を行ったところ、予想に反して炎症とリンパ腫の有意な増加を認め、IL-6はHBZの病原性に対しては抑制する作用を持っていることが判明した。
IL-6は多彩な機能を有するサイトカインであり、免疫を抑制する制御性T細胞(Treg)という細胞の分化を阻害することが知られている。研究グループはこれまでに、HBZ-TgマウスではHBZの作用によりTreg様の細胞が増加しており、炎症の誘導に関与することを報告している。今回の結果は、HBZ-Tgマウスでは、IL-6の欠失が加わることでTregへの分化がさらに促進され、疾病の発症も加速することを意味している。
一方、HBZ-Tgマウスでは、免疫抑制性サイトカインであるIL-10の産生が亢進しており、HBZ-Tgマウス由来のT細胞の増殖を促進することが判明した。正常マウスのT細胞はIL-10刺激により増殖しないため、HBZがIL-10刺激を変調し、細胞増殖を促進すると考えられた。詳しい解析を行った結果、HBZを発現するCD4陽性T細胞では、Treg様T細胞への分化が亢進しており、免疫抑制性サイトカインであるIL-10の産生が増加していた。さらなる解析により、IL-10シグナルの下流ではたらく転写因子STAT1/3にHBZが結合して転写活性が攪乱され、細胞増殖が促進されるというメカニズムが発見された。
今回の研究結果は、HTLV-1が感染細胞の増殖を促進し、持続感染を維持する機構に迫るものであり、HTLV-1感染によりATLや炎症性疾患が引き起こされる分子機構の基盤解明につながると期待される。「IL-6やIL-6受容体は慢性関節リウマチなど自己免疫疾患の治療標的であり、これらの阻害剤が臨床で使用されているが、HTLV-1感染者に対して使用される場合には注意深い観察が必要であり、有効性、危険性に関する評価が必要」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・熊本大学 お知らせ