ウイルスに代わる選択的・高効率な治療遺伝子運搬技術
信州大学と株式会社東芝は5月29日、東芝独自のナノサイズのカプセル「生分解性リポソーム」に内包した治療遺伝子を、標的であるがん細胞に正確・高効率に運ぶ「がん指向性リポソーム技術」を開発したと発表した。これは同大医学部小児医学教室の中沢洋三教授、齋藤章治講師らの研究グループと東芝の共同研究によるもの。研究成果は、米国遺伝子細胞治療学会(ASGCT 2020)で発表された。
画像はリリースより
がんは1981年以降一貫して日本人の死亡原因の1位であり、2018年のがんによる死亡者数は約37万人、2017年のがんにより死亡する生涯の確率は男性25%(4人に1人)、女性15%(7人に1人)に上る。近年、次世代のがん治療法として遺伝子治療の有効性が注目され、実用化が始まっている。がん遺伝子治療は、治療遺伝子を標的のがん細胞の中に運んで細胞の機能を修復・増強する治療で、難治性のがんにおいても高い治療効果が期待されている。
遺伝子をコードする核酸は細胞膜を透過できないため、遺伝子治療では通常、細胞の中に治療用遺伝子を導入する運搬体が使用される。治療遺伝子が細胞内に運搬されると、遺伝子情報が生体内で機能する遺伝子発現が起こる。遺伝子治療において、標的細胞における治療遺伝子の運搬量と遺伝子発現の量がその効果を最大化する上で重要だ。現在の遺伝子治療では、この運搬体にウイルスが用いられることが多く、安全性や標的性に課題もある。遺伝子治療の普及のためには、標的とする細胞に安全、かつ効果的に治療遺伝子を運搬する技術の開発が不可欠だ。
マウス実験で、治療遺伝子が高効率・正確に運搬され、腫瘍増大を抑制
そこで両者は、ウイルスを使わない治療遺伝子の運搬体として「生分解性リポソーム」を活用する共同研究を行い、がん細胞へ安全、かつ選択的、高効率に治療遺伝子を運ぶ「がん指向性リポソーム」を開発した。東芝独自の素材技術である生分解性リポソームは、細胞の中でのみ分解する独自の脂質を主成分としており、ウイルスを使用せずに細胞の中へ遺伝子を運搬することが可能だ。
さらに、細胞の細胞膜の特性に応じて、独自の脂質の配合を制御することで、標的とする特定の細胞に効率よく治療遺伝子を運搬することに成功した。これにより、T細胞腫瘍への治療遺伝子の運搬において、正常T細胞と比較して、30倍以上の運搬量と、400倍以上の遺伝子の発現量を達成した。「がん指向性リポソーム」に治療遺伝子を内包し、T細胞腫瘍を移植したマウスに投与する実験では、腫瘍の増大が抑制され、治療遺伝子が腫瘍細胞に効率よく届くことが確認された。
T細胞腫瘍の再発・治療不応例に対しては有効な治療法がないことから、今後も新しい治療の開発につながる研究が継続される。「信州大学のがん研究と東芝の材料研究を融合することで開発したツールであるがん指向性リポソームは、遺伝子治療の普及に向けた課題を解決するために、さらなる指向性の向上および適用範囲の拡大を進めていく」と、研究グループは述べている。
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