これまでの治療薬候補は安全性などの問題で臨床応用が困難だった
大阪大学は5月27日、L-アルギニンがポリグルタミン病の有力な治療薬候補化合物であることを見出したと発表した。これは、同大大学院医学系研究科神経難病認知症探索治療学の永井義隆寄附講座教授らの研究グループが、新潟大学脳研究所脳神経内科学兼脳研究所所長の小野寺理教授、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所の和田圭司所長(現顧問)、同疾病研究第四部の皆川栄子研究員、ポピエルヘレナ明子研究員(現・東京医科大学)との共同研究として行ったもの。研究成果は、「Brain」に掲載されている。
画像はリリースより
脊髄小脳変性症は、小脳や脊髄などの神経細胞が変性・脱落して、歩行時のふらつき、ろれつが回らないなどの様々な神経症状があらわれ、徐々に進行する疾患。日本の患者数は約3万人で、そのうち家族性脊髄小脳変性症の患者数は約1万人と推定されている。家族性脊髄小脳変性症のうち、患者数の約3分の2を占める7つのタイプ(脊髄小脳失調症1、2、3、6、7、17型、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症)で、原因遺伝子内のグルタミンをコードするCAG配列の繰り返し回数の異常伸長(40回以上)という共通の遺伝子変異が見つかっており、同様の遺伝子変異を持つハンチントン病、球脊髄性筋萎縮症とあわせて、「ポリグルタミン病」と総称されている。
ポリグルタミン病では、変異遺伝子から健常人よりも長いグルタミン鎖を持つポリグルタミンタンパク質が産生される。この異常伸長ポリグルタミンタンパク質の立体構造が不安定化し、βシート構造を持った単量体やオリゴマーと呼ばれる重合体が形成されやすくなる。その結果、これらの異常伸長ポリグルタミンタンパク質は難溶性の凝集体を形成して、神経細胞の中に封入体と呼ばれる沈着物として蓄積する。最近では凝集体や封入体よりもβシート単量体やオリゴマーの方が強い神経毒性を持つと考えられている。そして、最終的に神経細胞の機能が低下し、神経細胞死を引き起こすと考えられている。
これまで異常伸長ポリグルタミンタンパク質の凝集を標的としたポリグルタミン病の治療法開発に関する研究が進められ、同研究グループの成果も含めていくつかの凝集抑制作用を持つ治療薬候補化合物が同定されてきた。しかしながら、いずれの化合物も人体への安全性が低い、脳内に取り込まれにくい、体内ですみやかに分解されてしまう等の理由で臨床応用が困難とされ、ポリグルタミン病に対しては有効な治療法が乏しい状況にあった。
L-アルギニンがモデル動物で運動症状や神経変性を改善
今回、研究グループは、タンパク質の立体構造を安定化させる化学シャペロンと呼ばれる一連の化合物のうちL-アルギニンが、試験管内で異常伸長ポリグルタミンタンパク質の正常構造であるαヘリックス構造から神経毒性の高いβシート構造への立体構造変化を抑制し、凝集体の形成を抑制することを見出した。
そこで、さまざまなポリグルタミン病モデル動物にL-アルギニンを投与し、治療効果を検証。まず、脊髄小脳失調症3型(SCA3)のモデルショウジョウバエにL-アルギニンを投与したところ、複眼変性が抑制された。次に、脊髄小脳失調症1型(SCA1)のモデルマウスにL-アルギニンを経口投与したところ、運動症状が改善。この時のSCA1モデルマウスの脳内を調べたところ、異常ポリグルタミンタンパク質の封入体が減少し、小脳神経細胞の変性が抑制されていた。またSCA1モデルマウスが運動症状を発症してからL-アルギニンを投与した場合にも、その後の運動症状が緩和されることがわかった。さらに、球脊髄性筋萎縮症のモデルマウスにおいても、L-アルギニンの経口投与によって運動症状が改善されることを確認した。
SCA6を対象に第2相の医師主導治験を実施予定
生体内に存在するアミノ酸のL-アルギニンは、血液脳関門を透過して脳内に取り込まれることが知られており、今回の研究でも、L-アルギニンがマウスの脳内に移行することを確認している。またL-アルギニンは日本において医薬品として既に承認されており、先天性尿素サイクル異常症やミトコンドリア脳筋症の患者への投与実績から人体への安全性が確認されている。したがって、L-アルギニンはこれまで治療法の乏しかったポリグルタミン病に対し、タンパク質の凝集を抑制し疾患の進行を緩和しうる分子標的治療薬として、すみやかな臨床応用が期待される。
なお、今後、同研究グループでは、日本において患者数の多いポリグルタミン病である脊髄小脳失調症6型を対象に、L-アルギニンの安全性と有効性を調べるための医師主導治験(第2相試験)を計画している。この医師主導治験は、新潟大学脳研究所の小野寺理教授を中心として、新潟大学・大阪大学・国立精神・神経医療研究センター・東京医科歯科大学での実施が予定されている。
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