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胎児を覆う膜の「空間」が妊娠維持に重要な役割を持つと判明-大阪母子医療センター

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2020年05月27日 AM11:30

依然として未解明な点が多い「着床機構」

大阪母子医療センター研究所は5月20日、哺乳動物の妊娠初期、特に胚が子宮に着床する時期に「子宮筋から生じる圧力(子宮内圧力)」と過大な圧力から胎児を守るために、「膜()が作る空間」が胎児の発生に極めて重要であることを発見したと発表した。これは、同研究所・病因病態部門の上田陽子流動研究員、松尾勲部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」誌に掲載されている。


画像はリリースより

哺乳動物において、子宮内での受精、胚発生や胎児発生は、母体側環境や胎児と母体との相互作用の中で緻密な調整を受けている。具体的には、卵胞の発育、排卵、受精、卵管における胚の発育、子宮への着床という一連のプロセスを経て初めて妊娠が成立する。この過程の中で最も未解明なのが子宮への着床機構だ。難治性の不妊症に対する治療として普及している体外受精後の胚移植に関しても、採卵や体外での受精などのステップは成功率が高く、技術的に確立されているが、子宮への着床が成功する確率は依然として低い。このように着床機構は、臨床的にも大きな課題であるにもかかわらず、未解明な点が多い。

受精卵は、外界から卵や胚を守るため特殊な殻や膜で覆われている。ヒトなどの哺乳動物では、子宮へ着床する直前までは、透明帯と呼ばれる「球状」の硬い細胞外マトリクスで覆われている。着床時には、透明帯を脱いで、新たに胎児が作り出した細胞外マトリクスからなる膜(ヒトではヒューザー膜、マウスではライヘルト膜)で覆われ、その膜の中で胎児は「球状」から「卵円筒形状」へと発生・成長していく。しかし、妊娠初期の胎児に対して周りの子宮筋などからどの程度の力がどのようにかかり、胎児の発生・成長にどのような影響を与えているのかについては全く明らかにされていなかった。

ライヘルト膜が子宮筋から生じる圧力に対し「クッション」の役割を果たす

研究グループはまず、マウス胎児を覆っているライヘルト膜に注目し、この膜の主要構成分である細胞外マトリクスを持たない変異マウスでどのような異常が見られるのか、注意深く解析した。その結果、通常、胎児は子宮内で「球状」の受精卵から長細く伸長し「卵円筒形状」へと成長していくが、膜を持たない場合、胎児は変形し、成長できないことがわかった。次に、膜の機能を詳細に解析するため、高解像度のX線マイクロトモグラフィー(マイクロCT)を用いて非破壊的に子宮内での胎児と子宮との境界を形態的に解析した。その結果、膜が存在していると胎児と子宮と間に空間が作られるが、膜がないと、その空間が失われ、直接子宮と胚が接触して変形してしまうことがわかった。つまり、膜は胚の正常な発生・成長、妊娠維持に必須であり、子宮と胎児を直接接触させないことで変形を防ぐ役割を果たしていることが判明した。

そこで、実際の妊娠初期の胎児に対して、子宮筋からどの程度の圧力が胎児にかかっているのか、微小な圧力計測プローブを子宮内に挿入して測定した。その結果、妊娠前では胎児にかかる圧力の強度・周期性の頻度ともに低かったが、着床直後に出産時期と同程度までに最大・最頻となり、その後は減弱していくことがわかった。また、この圧力を筋肉弛緩剤で弱めると、胎児の正常な発生が妨げられたことから、この圧力が正常な胎児の発生に重要であることもわかった。さらに、膜を持たない胎児に対して、子宮筋からの圧力を3割程度減弱させた場合、胎児の変形が正常へと回復することが明らかになった。つまり、「妊娠初期の胎児に対して子宮筋から生じる圧力がかかっていること」「その圧力は正常発生に必要にあること」「胎児を覆っている膜がないと、この子宮内圧力によって胎児が変形して押しつぶされてしまうこと」が判明した。

次に、どのような仕組みで膜が子宮から胎児を保護しているのかについて詳細に検討した。外的な圧力に対して膜を持っているが膜の一部に穴があいて破れてしまっている胎児と、正常な膜を持つ胎児との間にどのように差違があるのか、高精度のマイクロCTなどを用いて詳細に解析した結果、膜が密閉されずに穴があいていると、膜を持たない胎児と同様に子宮と胎児の間に圧力を緩衝する空間が形成されないため、胎児が変形し、押し潰されてしまうことがわかった。実際に、外因性の圧力を胎児にかけると、膜を持たない胎児はつぶれてしまうことが判明した。以上のことから、胎児を正常に発生させるために、膜によって作られた密閉空間が子宮内圧力のクッションとなり、緩衝作用を担っていることが明らかになった。

これまで胎児を覆っているライヘルト膜は、母体と胎児の間での栄養やガスの交換、母体からの免疫的な攻撃から胎児を保護するといった機能を担っていると考えられてきたが、今回の研究により、ライヘルト膜が子宮筋から生じる圧力に対してクッションとして働き、圧力を適度に調節・緩衝し、胎児が発生・成長するために必要な空間を作るという、きわめて重要な機能を担っていることを初めて明らかにされた。同研究成果は、妊娠初期に子宮筋収縮によって出産期と同程度の「圧力」が胎児にかかっていること、その圧力が胎児を覆っている膜で適切に調整・緩衝されることで妊娠が維持され、胎児の発生・成長が継続できることを明確に示した最初の報告だという。

今回の知見が、流産や不育症に関する新しい検査法や治療法につながる可能性

国内において妊娠した女性の5%程度が2回以上流産を繰り返す不育症になり、若年女性でも10%程度が流産(着床障害)を経験している。しかし、若年性の流産や不育症の原因、つまり、子宮への着床に失敗したり、着床が継続できなくなる原因の多くは依然として解明されていない。また、生殖補助医療において体外受精・胚移植後における着床成功率は自然妊娠に比べて低く、妊娠成功への大きなハードルとなっている。今回の研究成果は、原因が特定できない不育症や流産が、子宮筋から胎児にかかる圧力がうまく調整できないことで発症することを支持する科学的な証拠と言える。

研究グループは、「体外受精後の妊娠と着床時期の子宮筋の運動性との間に関連性があることが臨床的に示唆されていることから、本研究成果は、流産や不育症に関する新しい検査法や治療法につながること、将来的には、体外で胎児を正常に発育させる人工子宮に代表される未来型の生殖医療技術の開発にもつながることが期待される」と、述べている。

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