放射線照射で障害を受けた腸の再生において、最も重要な細胞は何か?
東京医科歯科大学は5月20日、障害を受けた腸再生の中心的な役割を担う細胞を特定したと発表した。これは、同大・難治疾患研究所・生体防御学の樗木俊聡教授らの研究グループが、慶應義塾大学医学部、自治医科大学医学部と共同で行ったもの。研究成果は、「Scientific Reports」のオンライン速報版に掲載されている。
画像はリリースより
腸管上皮は栄養や水分の吸収に加えて、腸内細菌から生体を保護する粘膜バリアとして大切な役割を担っている。陰窩には腸再生の源になる幹細胞が存在しており、この幹細胞はLgr5を発現している(Lgr5幹細胞)。多くのLgr5幹細胞は常に活発に増殖し、新しい上皮細胞を供給することで腸管上皮の機能を正常に維持している。
一方、放射線照射により損傷を受けた腸の陰窩では、増殖の活発なLgr5幹細胞が失われるが、生き残ったさまざまな細胞が失われたLgr5幹細胞を回復させ、腸の再生に貢献すると考えられている。例えば、細胞周期が休止期にある少数のLgr5幹細胞は「リザーブ幹細胞」と呼ばれ、この幹細胞が腸損傷時に活性化すること、また一部の腸管上皮が「脱分化」して、幹細胞性を獲得することなどが報告されている。これらの報告では、リザーブ幹細胞や一部の腸管上皮に特徴的な遺伝子を指標にして、それら細胞を遺伝学的にマーキングする「細胞系譜追跡法」を用いることで、着目した細胞が腸管上皮再生に関与することが証明されてきた。しかし、細胞系譜追跡法のみでは、それらの細胞の再生への関与は証明できても、貢献度の大小を明らかにして、その結果に基づいて最も重要な細胞を提示するには至らなかった。そこで研究グループは、放射線照射によって障害を受けた腸の再生において、最も重要な細胞を同定することを目的として研究を行った。
腸の再生に最も大きく貢献しているのは「Sca1lowCD81high細胞」と判明
生理的な腸上皮のターンオーバーは3~5日であり、陰窩に存在するLgr5幹細胞によって担われている。最初に、Lgr5幹細胞の細胞系譜追跡が可能なマウスを用いた検討から、放射線により障害を受けた腸管上皮の再生が、主にLgr5幹細胞の中の亜集団によって担われていることが明らかになった。Lgr5幹細胞の多くは増殖しているため、放射線照射により死滅するが、わずかに生き残ったLgr5幹細胞について単一細胞レベルで遺伝子発現解析を行い、個々の細胞の性状を解析した。その結果、これらの細胞は、上皮損傷時に活性化されるYAPシグナルの標的遺伝子と、腸上皮幹細胞に特徴的なWntシグナルの標的遺伝子の発現バランスが多様な細胞から構成されていることがわかった。Sca1分子は、YAPシグナル標的遺伝子のひとつで、細胞表面に発現誘導される。この分子の発現を指標に、生き残った細胞を、YAPシグナルが強く活性化した細胞と、弱く活性化した細胞に分けて精製し、幹細胞としての能力をオルガノイド培養で確認すると、Sca1分子の発現が低い=YAPシグナル活性化の程度が弱い細胞の方が幹細胞としての能力が高いことがわかった。Sca1分子の発現が低い細胞は、増殖性や幹細胞性を示す遺伝子も発現していた。さらに詳細な解析から、この細胞集団はCD81を高発現していることも突き止めた。
これらの結果から、放射線照射によって障害を受けた腸で生き残ったLgr5幹細胞の中で、腸の再生に最も大きく貢献する細胞は、Sca1lowCD81high細胞であることが判明した。
放射線照射後の腸炎や炎症性腸疾患などの新規治療法開発に期待
腸管上皮の再生を担う細胞の解析は世界的に多くの研究者が取り組んでいるテーマであり、陰窩に存在する多彩な細胞集団が上皮再生に関わることが報告されているが、その中で主要な役割を果たす細胞は不明だった。
研究グループは今回、障害を受けた腸で生き残った上皮細胞について、細胞系譜追跡、単一細胞遺伝子発現解析、オルガノイド培養といった最先端の技術を組み合わせた新しいアプローチにより、腸の再生に最も大きく貢献する細胞を明らかにした。同研究で特定した細胞のさらなる解析や用いた研究手法を応用することで、放射線照射後の腸炎や炎症性腸疾患などの上皮障害を伴う疾患の治療法開発につながることが期待される。研究グループは、「この研究手法は腸以外の組織で再生の起点となる細胞の同定にも応用可能であり、これまでの解析では明らかにされてこなかった新たな細胞集団の発見につながる可能性がある」と、述べている。
▼関連リンク
・東京医科歯科大学 プレスリリース