病的意義が明らかでない「BRCA2遺伝子のバリアント」が治療の妨げに
国立がん研究センターは5月22日、遺伝性乳がん・卵巣がんの原因として知られるがん抑制遺伝子「BRCA2遺伝子」のバリアントに対するハイスループット機能解析法を開発したと発表した。これは、同センター研究所細胞情報学分野の池上政周任意研修生、高阪真路ユニット長、間野博行分野長らの研究グループと、国立がん研究センター中央病院乳腺・腫瘍内科の田村研治科長、東京大学大学院医学系研究科の田中栄教授、細谷紀子准教授、理化学研究所生命医科学研究センターの桃沢幸秀チームリーダーらの共同研究グループによるもの。研究成果は、英国科学雑誌「Nature Communications」に掲載されている。
画像はリリースより
BRCA1およびBRCA2の2種類の遺伝子のいずれかに生まれつき病的バリアントを有する場合を遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(Hereditary Breast and/or Ovarian Cancer syndrome: HBOC)と呼ぶ。その女性は、生涯のうちに、乳がんを41~90%、卵巣がんを8~62%の頻度で発症すると報告されており、また若い年齢で発症する傾向やがんが多発する傾向がみられる。HBOCと診断された女性は遺伝カウンセリングを受診し、リスク低減手術や定期的なサーベイランスといった治療の選択肢の説明を十分に受けた上で、どれを選択するかを決めることになる。また、HBOCの女性の血縁者がHBOCである確率は十分に高いため、血縁者も遺伝子検査を受けるかどうかを慎重に判断する必要がある。
BRCA2は1万257塩基からなる比較的大きい遺伝子で、最終的に3,418個のアミノ酸からなるタンパク質を構成する。BRCA2の遺伝子検査ではこの全ての塩基を決定し、どのようなバリアントであるかを調べることで、最終的に構成するタンパク質にどのような変化が生じるかを判定できる。がん患者を対象とした過去のゲノム研究や遺伝子検査により、BRCA2遺伝子には多数のバリアントが発見されている。BRCA2の短縮型バリアントが、発がんに寄与していることはよく知られており、リスク低減手術やサーベイランス、血縁者への遺伝子検査によるがんの予防と早期発見、そしてすでに生じたがんにはPARP阻害薬を用いて治療するなどの診療が行われる。
一方、BRCA2遺伝子には非同義バリアントが数千種類も報告されているが、そのほとんどは病的意義が明らかではないバリアント(variants of unknown significance: VUS)である。VUSの保持者については、そのバリアントの機能や疾患との関連が不明であるため、検査の結果が治療につながらない。また、病的な変化であることを否定もできないため、慎重なサーベイランスを要することから、VUSの存在は遺伝子検査の限界として大きな問題となっている。しかし、日々の遺伝子検査で発見され続けている膨大な数に及ぶBRCA2のVUSに対して、その機能解析に対応できるハイスループットな手法はこれまで存在しておらず、さらに遺伝子検査の有用性を高めるには、バリアントの病的意義に関するデータベースの充実が不可欠と考えられてきた。
VUS機能解析法「MANO法」を応用して、BRCA2バリアントを解析
BRCA2のバリアントが病的であるかどうかを判定する上で、そのバリアントの保持者を多数集めたとき、野生型バリアントを有する人と比べてがんの発症率が高くなっているかが最も重要とされる。しかし、BRCA2にはその遺伝子の大きさに起因する数千種類にも及ぶ非同義バリアントが存在しており、1つ1つのバリアントの保持者は限られたものになり、病的かどうかを判断するに至らない。このような場合には、細胞実験や動物実験によってバリアントの機能を調べる機能解析法が有用だ。これまでにもBRCA2バリアントのDNA修復機能を評価するためにさまざまな実験手法が開発されている。
膨大な数のVUSの病的意義を判定するには、(1)ハイスループットの解析手法であること、(2)ヒトの細胞でBRCA2が安定的に発現する実験系であること、(3)BRCA2の塩基配列のどの部位のバリアントに対しても機能を評価できること、この3点を満たす実験系の存在が鍵となるが、これまでには存在していない。研究グループは以前に、がん遺伝子のVUSに対する機能解析法である「MANO法」を開発し、多くのVUSの機能と分子標的治療薬への反応性を明らかにしてきた。その経験を活かし、がん抑制遺伝子であるBRCA2の機能解析に対応した、前述の3点を満たす実験系であるMANO-B法を確立した。
MANO-B法は、トランスポゾンベクターを用いてBRCA2遺伝子をBRCA2遺伝子欠損の細胞株に導入して機能解析を行う。まず野生型のBRCA2を鋳型として、1か所だけDNAに変異を導入したベクターを244種類作成。さらに、それぞれのバリアントに1対1で対応する10塩基からなる識別用バーコード配列を組み込んでおく。BRCA2遺伝子のバリアントを導入した細胞を作成したあと、その全てを均一に混和した状態でPARP阻害薬とともに一定期間培養する。その後、培養細胞のゲノムDNAを抽出し、次世代シークエンサーを用いてバーコードの相対量を計測する。その値から各バリアントが導入された細胞の相対数を算出することで、各バリアントの機能とPARP阻害薬への反応性を一度の解析で多数評価することができる。
186種のBRCA2遺伝子VUSを解析し、新たに37種類の病的バリアントを発見
この手法を用いて244種類のBRCA2バリアントの機能解析を実施。まず、病的意義に関する標準的な評価基準である「ACMG分類」や「IARC分類」とMANO-B法の結果の一貫性を確認した。ACMG分類における22種類の良性のバリアントと19種類の病的なバリアントは、MANO-B法によってきれいに2つのグループに分別され、MANO-B法での機能評価と臨床的な良悪性が対応していることが確認された。さらに186種類のVUSの機能解析を行った結果、126種類が正常な機能を持つバリアント、37種類が機能を喪失した病的バリアントと判明した。23種類のバリアントは中間的な機能を持っており、臨床的に良性なのか発がんへの寄与があるのかは判断が困難だった。また、多くの病的なバリアントはDNAと結合するドメインであるHDやOBに位置していたが、HDやOB以外にも病的バリアントは存在し、またHDやOBのバリアントが必ずしも病的とは限らないことから、個々のバリアントに対して機能解析を行う必要性が明らかとなった。
さらにMANO-B法を臨床応用することを目的とし、遺伝子検査で新規に発見されたVUSの病的意義を患者や医療者に迅速に報告するシステムとして、「Accurate BRCA Companion Diagnostic 」(以下、ABCD) テストを提唱。これは、機能を評価したいバリアント4種類と、すでに機能がわかっているバリアント8種類を用いてMANO-B法を行い、得られた結果をベイズ推定の手法で過去の実験結果と統合することで各バリアントの機能を判定するもの。ABCDテストは、開始から報告まで5週間で終了する簡便な実験系でありながら、244バリアントを用いた大規模な実験と同様の機能評価ができることがわかった。
MANO-B法を継続して多数のVUSの存在に対して実施していくことで、適切な治療方針が定まらず不安を抱えているVUS保持者を減らすことができる。VUSを保持することが判明し不安になっている患者に対して、リスク低減手術やPARP阻害薬投与の必要性を判断するためのコンパニオン診断としての臨床応用が期待される。「一方、23種類の中間的な機能を持つバリアントが認められ、これらが発がんに寄与しているかどうかについて、今回の結果からは意義付けができなかったことから、中間的な機能を持つバリアントの保持者を多数集め、がんの発症率を解析するような疫学研究が望まれる」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・国立がん研究センター プレスリリース