グルタミン酸シナプス伝達の変化は、どうストレスと関係しているか
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は5月20日、ストレスを受けたマウスの眼窩前頭皮質-扁桃体回路において、カルシウム透過性AMPA型グルタミン酸受容体のシナプスへの動員が引き起こり、これがストレスによる行動変化(抑うつ反応など)の一因となることを明らかにしたと発表した。これは、同センターの國石洋リサーチフェロー、神経研究所疾病研究第四部の関口正幸研究員、精神保健研究所精神薬理研究部の山田光彦部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Translational Psychiatry」に掲載されている。
画像はリリースより
ストレスは、うつ病や不安障害などの精神疾患においてリスク因子となることが知られている。マウスなどの実験動物においても、ストレスの負荷により抑うつ反応や不安状態が生じることがよく知られており、その一因として、モノアミン(ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミン)を神経伝達物質とするシナプスの活動変化などが考えられている。しかし、脳内神経回路網において中心的な役割を果たすグルタミン酸を神経伝達物質とするシナプスにおいて、ストレスがどのような変化を引き起こすのかについては、これまであまりよくわかっていない。また、グルタミン酸シナプス伝達の変化が、ストレスによる行動変容に結びつくかどうかについても不明のままだ。
ストレスを受けたマウスで、カルシウム透過性のAMPA受容体が増加
研究グループは今回、マウスを用いた実験により、「眼窩前頭皮質」という情動や動機付けに非常に重要とされる脳部位のニューロンと、「扁桃体」という情動情報の処理に中心的な役割を果たす脳部位のニューロン間のシナプス伝達が、ストレスを受けることで変容することを明らかにした。その変容とは、このシナプスで神経伝達物質として働くグルタミン酸に対する「ポストシナプス」部位(シナプス構造における情報を受け取るニューロン側の構造)の主要な受容体「AMPA受容体」の分子変化を指す。具体的には、ストレスを受ける前はこのシナプスではカルシウムを通さないAMPA受容体がシナプス伝達を仲介するAMPA受容体の大部分を占めるのに対し、ストレスを受けるとカルシウムをニューロン内に通すAMPA受容体(カルシウム透過性AMPA受容体)が増加することを意味する。
この増加は、眼窩前頭皮質から扁桃体(基底外側核)ニューロンへのシナプス伝達を、光遺伝学的手法を駆使して選択的に計測し、電気生理学的に解析することにより明らかにされた。さらに、この増加はカルシウム透過性AMPA受容体の細胞膜への移行に重要な役割を果たす「サイクリックAMP依存性プロテインキナーゼ」(Aキナーゼ)の阻害剤によって抑制されることが確認された。
眼窩前頭皮質-扁桃体へのシナプス伝達抑制で、ストレスによる行動変容を抑制
シナプスにカルシウムが流入すると、リン酸化を中心とした細胞内シグナル伝達が活性化され、結果としてシナプス伝達に変化が起こることが良く知られている。そして、シナプス伝達の変化は行動の変化を引き起こす場合があることも知られている。そこで、研究グループは、上述のストレスによる眼窩前頭皮質から扁桃体へのシナプスでのカルシウム透過性AMPA受容体の増加というシナプス伝達の変化が脳機能に及ぼす影響を、光遺伝学的、薬理遺伝学的手法を駆使して確かめた。
その結果、抗うつ薬で抑制されるマウスの行動(強制水泳や尾懸垂での無動行動)が、実験で用いたストレスにより有意に増強し、この増強は眼窩前頭皮質から扁桃体へのシナプス伝達を、薬理遺伝学的手法で人工的に抑制することにより起こらなくなることがわかった。反対に、ストレスを受けていないマウスの眼窩前頭皮質から扁桃体へのシナプス伝達を光遺伝学的手法で人工的に強めた場合、ストレス負荷と同様な行動変化がマウスに引き起こされた。さらに、カルシウム透過型AMPA受容体の細胞膜への移行に重要なAキナーゼの阻害剤が、ストレスによる行動変容を抑制することも示唆された。このシナプスにおけるカルシウム透過性AMPA受容体のシナプスへの動員は、今回用いたストレスによる抗うつ薬応答性行動の促進に強く関わっている可能性があるという。
今回の研究成果は、ストレスによる眼窩前頭皮質から扁桃体へのグルタミン酸シナプス伝達の変化とその行動変容について、カルシウム透過性AMPA受容体の存在を示した最初の報告である。「今後、ストレスが関与する精神神経疾患の発症メカニズム理解や治療法開発のために、カルシウム透過性AMPA受容体が新たな分子ターゲットとなりうるか、ヒトでの検討も含めさらに詳細な研究の進展が期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・国立精神・神経医療研究センター プレスリリース