マラリア撲滅を阻む「無症状肝内休眠型キャリア」の見過ごし
愛媛大学は5月12日、三日熱マラリア再発の原因となっている肝内休眠型原虫感染者を見つけることのできる血清診断マーカーの開発に成功したと発表した。この研究は、同大プロテオサイエンスセンターの高島英造准教授、森田将之講師、坪井敬文教授、株式会社セルフリーサイエンスのマティアス・ハーベス次長らを含む国際研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Medicine」に掲載されている。
画像はリリースより
マラリアは、蚊によって媒介される世界規模の寄生虫感染症。2018年には依然として世界で2億人以上がマラリアに罹っており、アフリカを中心に流行している熱帯熱マラリアによる死亡者数は年間40万人以上に及んでいる。流行地では、治療薬や蚊を殺す殺虫剤がマラリア対策として普及し2005年頃からやっと減少傾向に転じた。しかし、現在どちらも薬剤耐性が顕在化し、死亡者数の減少に陰りが見えている。
一方、三日熱マラリアは、アジア太平洋地域や中南米で広く流行しているマラリアだ。熱帯熱マラリアとは異なり、蚊の吸血によって感染したマラリア原虫の一部が、肝内休眠型と呼ばれる原虫となって肝臓内で生きたまま発育を停止することが特徴。通常の治療薬は肝内休眠型には効果がない。そのため治療後も、何か月間も症状を起こさずに肝臓に潜んでいる。そして何らかのきっかけで眠りから覚めると、再びマラリアの症状を引き起こし、蚊に刺されていないのに何度も再発を繰り返す。しかし、肝内休眠型原虫の感染の有無は、現在の技術では診断できない。そのため、無症状肝内休眠型キャリアが見過ごされ、三日熱マラリアの撲滅を阻んでいる。肝内休眠型を殺すことのできる薬剤はあるが、副作用のため集団投薬して肝内休眠型キャリアを一掃することはできない。こうした背景により、マラリア撲滅のためには、三日熱マラリア肝内休眠型キャリアを見つけることのできる診断法の開発が最重要課題となっていた。
8種類の抗原を組み合わせ高精度に予測、キャリアの治療で流行を7割減
これまでの研究から、三日熱マラリア発症者はその後9か月間は肝内休眠型キャリアである確率が非常に高いことが知られていた。そこで研究グループは、過去9か月間の三日熱マラリア原虫の感染を予測する血清診断法の開発のため、(1)予測に適した抗体を誘導する三日熱マラリア抗原を探索すること、(2)選択された個別抗原の感染予測能を検証し、さらに予測精度を上げるためにはどの抗原の組み合わせが適切なのか解析すること、を目的に実施した。
(1)まず、探索用血清サンプルとして、タイ(32人)およびブラジル(33人)において、三日熱マラリア患者を治療後にフォローアップし、治療前及び3、6、9か月目に採取した血清を用いた。愛媛大学発のコムギ無細胞タンパク質合成技術を用いて、342種類の三日熱マラリア原虫タンパク質を作製し、これらに対する血清サンプル中の抗体量をアルファスクリーンによって測定した。得られたビッグデータから、各抗体の治療後9か月間の半減期を計算し、三日熱マラリア感染9か月目の判定に適した半減期を示す抗原を60種類選択した。
(2)次に、検証用血清サンプルとして、タイ(829人)、ブラジル(928人)、ソロモン諸島(754人)の流行地で三日熱マラリアの感染状況を1年間追跡し観察終了時に採取した血清、および陰性対照として健常者(274人)の血清を用いた。上記で選択された60種類の抗原に対する血清サンプル中の抗体量を測定し、過去9か月の三日熱マラリア感染の診断予測精度を解析。
その結果、60種類の抗原それぞれの予測精度がランク付けされた。次に、予測精度がベストとなるのは8種類の抗原を組み合わせた場合であり、その予測精度は感度80%かつ特異度80%となった。この組合せを用いて無症状肝内休眠型キャリアを診断し、治療すれば三日熱マラリアの流行を7割減少させ得ることがわかった。
今回の研究成果により、これまで対策が困難を極めた三日熱マラリアの無症状肝内休眠型キャリアの診断キットの開発を推進でき、マラリア撲滅を加速できるという。研究グループは、「コムギ無細胞タンパク質合成法という愛媛大学発の革新的技術が、グローバルヘルスの最重要課題の一つであるマラリアの撲滅に貢献できることになる」と、述べている。
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・愛媛大学 プレスリリース