Y染色体は反復配列などで解読が困難なため、全長配列の50%以上が未解読
東京医科歯科大学は5月7日、長らく謎だったマウスY染色体の一部を解明することに成功したと発表した。これは、同大大学院医歯学総合研究科システム発生・再生医学分野の淺原弘嗣教授と矢野雄暉大学院生、および千葉朋希助教らの研究グループによるもの。研究成果は、国際科学誌「Frontiers in Genetics」のオンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
ヒトY染色体の遺伝子は、性分化異常や男性不妊症などの疾患に関与している。しかし、ヒトY染色体は他の染色体に比べて短くコードされる遺伝子数が少ないにも関わらず、高度な反復配列と広範囲のヘテロクロマチン領域を持つため、解析可能な配列長が短いサンガー法をベースとする従来のシーケンス技術では解析が困難だ。そのため、ヒトY染色体の配列はヒトゲノム計画から15年以上経った現在でも、全長の50%以上が解読されていない。さらに、同じ哺乳類でモデル動物としてよく用いられるマウスのY染色体は、配列のほぼ全てがユークロマチン領域であり、その98%が反復配列の続く領域であるため、ヒトと同様に配列の解析が困難だ。したがって、Y染色体に関連する多くの疾患や異常の原因、男性不妊症などの遺伝子は不明のままである。特にヒト疾患を解析する上で、モデルとなるマウスY染色体の解明が急務とされている。
一方でシーケンシング技術は急速に発展しており、Pacific Biosciences社のPacBioや、Oxford Nanopore Technology社のMinIONなどの第3世代シーケンサーが台頭してきている。これらのシーケンサーにより、リアルタイムでDNAやRNAの配列を1分子ごとに決定することが可能となり、100kb以上の長い配列の読み取りが可能になってきている。これらのシーケンサーはDNA合成やPCR増幅なしで配列を解析できるため、繰り返し配列に由来するバイアスを防ぐことができ、反復配列などのためにゲノムが解読されていない領域の解析が可能になると考えられる。しかし、現時点での技術では、Y染色体の全ゲノムに占める割合が比較的小さいため、ゲノム全体を用いて新しいシーケンサーで解析してY染色体の配列を決定するとなると、莫大な費用と労力がかかる。
そこで研究グループは、蛍光活性化セルソーター(FACS)の染色体濃縮とロングリードシーケンサーMinIONを組み合わせ、マウスY染色体の未確定配列の解析を試みた。
染色体ソーティング+MinIONで、効率よくマウスY染色体配列の解析に成功
まず、雄マウス(BALB/c)由来のRAW264.7細胞にコルセミドを加えて培養し、M期の細胞を回収して破砕。ヨウ化プロピジウム(PI)とHoechst33342でDNAを染色。この染色DNAを用いて、一般的に使用されるUVおよび青色の488nmレーザーを備えた蛍光活性化セルソーター(FACS:MoFlo XDP)により、マウスY染色体を他の染色体から分離してY染色体を濃縮した。さらに、この濃縮したY染色体を用いて、PCRを行うことなくライブラリー調製を行い、長いシーケンスを読み取ることができるMinIONテクノロジーを用いてシークエンス解読を行った。
シーケンサーから得られたデータから、最新のリファレンスゲノムであるGRCm38.p6に対して、解読したリードをマップし、Flyeというプログラムを用いて読まれたリードをつなぎ合わせることでより長い配列を作成し、D-GENIESを用いて作成した長い配列とリファレンスゲノムのY染色体とを比較。最後に、LR_Gapcloserというプログラムを用いて解読したリードとリファレンスゲノムからY染色体の未確定領域を解析した。その結果、リファレンスのY染色体全体の30領域ある未解読領域のうちの8.5%にあたる308kbの新しい配列を得たという。つまり、染色体ソーティングとMinIONとの組み合わせで、効率よくマウスY染色体配列を解析することに成功したのだ。
未解明領域の完全な解析につながる可能性
先行研究で、chromomycinA3を用いて今回の方法よりも高い分離度でソーティングした報告もあるが、chromomycinA3を検出するための特殊なレーザーに対応しているソーターの種類が少ないため、ソーティングを行える場所が限られてしまうのが現状だ。今回の研究では、一般的に普及しているUVと488nmの青色のレーザーを用いており、設備の追加なく多くの施設の既存のFACSで行うことが可能だという。
さらに今回、新しいシーケンサーであるMinIONとY染色体濃縮の組み合わせによって、マウス Y染色体の未確定配列の一部を解析することにも成功した。Y染色体には相同染色体が存在しないため、他の染色体と比較した場合、ゲノムの欠失や突然変異の影響を受けやすく、個人差も大きいと考えられてきている。「今後、本手法を用いた解析の遂行や、得られたデータの解析ソフトのさらなる開発によって、未解明領域の完全な解析が可能になると考えられる。将来的には、Y染色体に関連する性分化異常や男性不妊症などの病態解明と新規治療法開発への応用が期待できる」と、研究グループは述べている。
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・東京医科歯科大学 プレスリリース