前頭極の構造的特徴が目標達成に必要な「やり抜く力」の客観的指標に
科学技術振興機構(JST)は4月28日、MRI(磁気共鳴画像)で測定できる脳の前頭極の構造的特徴が、目標達成に必要な「やり抜く力」の客観的指標となることを世界で初めて発見し、その指標を用いて「やり抜く力」を予測する手法を開発したと発表した。この研究は、同機構戦略的創造研究推進事業の細田千尋さきがけ専任研究者(東京大学大学院総合文化研究科特任研究員、帝京大学戦略的イノベーション研究センター講師兼任)、国立精神・神経医療研究センター脳病態統合イメージングセンター先進脳画像研究部花川隆部長(現:京都大学大学院医学研究科・医学部教授)らの研究グループによるもの。研究成果は、国際科学誌「Communications Biology」オンライン版に掲載されている。
語学や数学などの学校教育、社員教育、芸術やスポーツなどの修練、健康行動やリハビリテーションなどの医療を含むさまざまな分野において、一度立てた目標を達成するためには「やり抜く力(Grit)」が不可欠だ。やり抜く力は、将来の社会的成功などを予測する重要な非認知能力の一つであることが明らかにされており注目されている。一方で、やり抜く力には個人差が大きく、目標を達成するまでやり抜くことが得意な人と、三日坊主になりがちな人がそれぞれ存在する。
近年、目標達成に関わる脳内メカニズムについての研究が発表されているが、特殊な実験環境下での短期的な目標達成の研究にとどまり、実生活に準じた環境での長期目標に対する、やり抜く力の定量的指標はわかっていなかった。また、やり抜く力を司る脳部位に何らかの影響を与え、目標達成に向けた行動を促進する教育法があるのかについても、明らかになっていなかった。
画像はリリースより
目標の細分化が脳構造の変化を促進し、目標達成を支援
今回研究グループは、まず、健康な参加者を募り、数十分程度の短期的目標達成課題として、ハノイの塔というパズルを最後までやり抜くことを目標として実施。その結果、最後までやり抜くことができたのは、約半数(65人中34人)だった。課題実施前に計測した脳のMRIデータを用いて、最後までやり抜いた人と途中であきらめた人を比較すると、前頭極にある灰白質の体積とその近傍にある白質の拡散異方性に差があったという。
次に、脳MRIデータから計算したこれらをやり抜く力のバイオマーカーとして学習させた、やり抜く力の傾向予測モデルを開発。この手法を用いて、異なる2つの長期目標達成課題(1か月間毎日30分の指運動学習と3か月間毎日1時間の英語学習)の参加者が、最後までやり抜けるか否かを予測した。その結果、80%以上の精度で正しく予測することができたという。これにより、やり抜く力のバイオマーカーである前頭極の構造が、課題内容(パズル課題/指運動学習/英語学習)や目標達成にかかる時間(短期/長期)にかかわらず、やり抜く力の予測に寄与することが明らかになった。
また、やり抜く力の傾向予測手法で「やり抜く力が低い」と予測された人であっても、目標を細分化して小さい目標ごとに達成感が得られるような学習プログラムを用いると、最後までやり抜くことができたという。この学習プログラムを取り組んだ人は、通常の学習プログラムを取り組んだ人と比べて、より明らかな前頭極構造の可塑的変化を示していた。
今回の研究成果は、やり抜く力を支える神経メカニズムの解明に新たな視点を与えるものだという。研究グループは、個人に最適化した効果的な教育・研修法、トレーニング法、リハビリテーション、健康行動など、あらゆる領域で個人の目標達成を最適化する支援法開発に貢献することが期待されるとし、今後も倫理面を考慮した研究開発の進展が重要だ、と述べている。
▼関連リンク
・科学技術振興機構(JST) プレスリリース