眼球運動の調節に関与する「大脳基底核」について研究
京都大学は4月23日、価値あるものを見つけるための神経回路メカニズムを解明したと発表した。この研究は、同大霊長類研究所の網田英敏特定助教、井上謙一同助教、高田昌彦同教授らの研究グループが、米国NIH(国立衛生研究所)の彦坂興秀博士らと共同で行ったもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
ヒトは絶えず目を動かしながら外界の視覚情報を取得しているが、一方で、視野に入ったものに一様に視線を動かしているのではなく、価値の高いものに対して、より頻繁に目を向ける傾向があることもわかっている。このような眼球運動の特徴は、有益な視覚情報を効率的に探索するうえで、極めて重要だ。しかし、脳がどのようにして価値の高いものに目を向けるよう眼球運動をコントロールしているかについては、これまで明らかにされていなかった。
研究グループは今回、眼球運動の調節に関与することが知られている大脳基底核に着目。複雑な基底核ネットワークのうち、価値情報を伝達すると考えられている特定の神経回路のみを選択的に操作することにより、この問題に取り組んだ。
眼球運動を調節する中脳の上丘で神経活動が亢進し、価値あるものへの眼球運動を誘発
研究グループは、光照射により神経細胞を活性化させるイオンチャネル(チャネルロドプシン2)を発現するウイルスベクターを線条体(特に尾状核)に注入するとともに、光ファイバーを尾状核の投射先のひとつである黒質網様部に刺入し、尾状核から黒質網様部に投射する神経細胞の軸索末端を光刺激した。その結果、黒質網様部の神経活動が抑制されたのに対し、黒質網様部からの入力を受ける上丘の神経活動は亢進した。これは、尾状核から黒質網様部への神経投射、および黒質網様部から上丘への神経投射がどちらも抑制性であり、光刺激により尾状核の神経活動が惹起されると、脱抑制によって、上丘の神経活動が亢進するためであると考えられた。
さらに、これらの神経投射が実際にどのような情報を担っているかを調べるため、報酬(ジュース)と結びついた視覚図形をサルに提示したときの神経活動を調べた。その結果、より多くの報酬が得らえる視覚図形を提示したときに、黒質網様部の神経活動は抑制され、逆に、尾状核と上丘の神経活動は亢進することが確認された。このことから、尾状核から黒質を介して上丘に至る神経回路は、報酬と結びついた価値の高い視覚図形に関する情報を伝達していることが示唆された。
最後に、光刺激を行った際のサルの眼球運動を調べた。サルに映像を見せ、自由に視覚探索しているときにランダムなタイミングで刺激したところ、光刺激したときには、光刺激していないときに比べ、受容野(神経細胞が応答する視野領域)への視線移動が増加していることが明らかになった。
以上のことから、尾状核から黒質網様部を介して上丘に投射する神経回路は、(1)価値の高い視覚図形に関する情報を伝達し、(2)脱抑制により上丘の神経活動を亢進させ、(3)その結果、価値の高い視覚図形への視線移動を促進している、と結論付けられた。このような神経回路は、さまざまな視覚情報の中から、価値あるものを効率よく見つけることに寄与していると考えられるという。
今後は価値に基づく探索行動が大脳基底核疾患でどのように障害されるかを解析し、病態生理の解明目指す
今回の研究成果により、大脳基底核が価値情報を眼球運動に変換する仕組みが解明されたが、同様のアプローチを用いることにより、運動機能だけでなく、認知機能や情動機能など大脳基底核がつかさどる多様な高次機能のメカニズム解明が可能になることが期待される。
研究グループは、「今後は、本研究で明らかにした価値に基づく探索行動が、パーキンソン病などの大脳基底核疾患の際にどのように障害されるかを解析し、当該疾患の病態生理の一端に迫りたいと考えている」と、述べている。
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・京都大学 研究成果