米国中心に進められてきたPM2.5の疫学研究、日本でも
川崎医科大学は4月18日 、日本全国規模データの統計分析により、PM2.5の濃度が高くなると、病院外での心臓を原因とする心停止(院外心原性心停止)が増える可能性があることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大、東邦大学、国立環境研究所、熊本大学、国立循環器病研究センター、京都大学、日本循環器学会蘇生科学検討会の研究グループによるもの。研究成果は、医学分野の学術誌「JAMA Network Open」に掲載されている。
画像はリリースより
大気汚染物質の一つであるPM2.5は、大気中に浮遊している2.5μm(1μmは1mmの1,000分の1)以下の小さな粒子。この大きさの粒子は、肺の奥深くまで到達することからヒトへの影響に懸念があり、米国を中心にヒトを対象にした疫学研究が進められてきた。その結果、ヒトの健康に一定の影響を与えている、特に呼吸器系や循環器系の病気やがんの原因になるのではないかと考えられるようになってきた。
国際的な動向を踏まえて、日本では2009年に環境基準が設定され、PM2.5の常時監視体制が全国で整備されてきたため、日本でも大規模な健康影響評価ができる状況になってきた。そこで研究グループは今回、PM2.5の循環器疾患への影響に着目し、PM2.5の日単位の濃度変動が院外心原性心停止の発生に影響するのかを検討した。
総務省消防庁の救急蘇生統計データを利用、日単位のPM2.5濃度変動が院外心原性心停止発生に影響するか?
院外心原性心停止に関わる情報は、総務省消防庁が電子データとして収集している救急蘇生統計(ウツタイン様式データ)を利用した。これは、日本が世界に先駆けて国単位で2005年から情報収集を開始したもので、心肺機能が停止した症例がすべて登録されている。総務省消防庁から、同データが日本循環器学会に提供され、同学会の蘇生科学検討会が管理したものをJapanese Circulation Society with Resuscitation Science Study(JCS-ReSS)groupが活用している。今回の研究では、院外心停止の中でも心臓が原因となる心原性心停止を選び、かつ発生した時点が明確になる一般人の目撃下で起こった症例(市民目撃例)に限定して分析した。
匿名化処置が施された院外心原性心停止データには、発生場所に関する情報が都道府県単位までしかない。そこで、研究グループは都道府県庁所在地にある一般環境大気測定局で測定されたPM2.5濃度データを、各都道府県におけるPM2.5濃度の代表値として各都道府県の症例に割り当てた。今回の研究ではPM2.5の標準測定法と等しい値が得られると認定された「自動測定機」による測定が行われるようになった2011年4月から、総務省消防庁が提供された2016年12月までのデータを用いた。
統計分析には、年齢や性別といった短期間で変わることがない個人の特性に関わる要因の影響を無視できる研究デザインを用いた上で、日によって条件が変わる気象要因(気温、湿度)などを統計モデルの中で調整。47都道府県単位でPM2.5と院外心原性心停止との関連性を検討した後、その結果をメタ解析で統合し、日本全国におけるPM2.5の院外心原性心停止への影響を見積もった。
「75歳以上」「男性」「電気ショックが有効ではない心臓リズム」と有意に関連
今回の研究では、研究期間中に市民目撃があった院外心原性心停止として登録された10万3,189例を分析。全症例の平均年齢は75歳で、75歳以上が61.2%、男性が60.9%、また救急隊到着時に電気ショックが有効ではない心臓リズム(心静止や無脈性電気活動)を示していた症例が77.6%だった。今回利用した47都道府県内47測定局で測定されたPM2.5の1日平均濃度を平均すると13.9μg/m3だった。都道府県単位で濃度を確認していくと、これまでの報告通り、東日本よりも西日本の方で濃度が高くなる傾向があったという。
院外心原性心停止発生の前日から当日にかけてのPM2.5について、院外心原性心停止の発生との関連性を分析した結果、PM2.5濃度が10μg/m3上昇すると、院外心原性心停止が1.6%(95%信頼区間0.1~3.1%)増えた。この関連性は、その他の大気汚染物質(光化学オキシダント、二酸化窒素、二酸化硫黄)の影響を統計モデル上で取り除いても変わらなかったという。特に、「75歳以上」「男性」「電気ショックが有効ではない心臓リズム」と統計学的有意に関連していた。
国際的な合意が得られているPM2.5の心臓への影響、日本でも確認した初めての報告
同研究では、日本全国データを用いて、院外心原性心停止発生の前日から当日にかけてのPM2.5濃度上昇により院外心原性心停止が増えるという関連性を観察した。また、電気ショックが有効ではない心臓リズムとの関連性が示されたが、その理由は解明できていない。なお、PM2.5の生活環境中における濃度は広範囲で一定になっているという報告があり、都道府県庁所在地と都道府県内他の都市におけるPM2.5濃度の相関は非常に高かったことを踏まえて、PM2.5濃度は都道府県内生活環境中ではおおむね一定であると仮定して分析した。しかし、都道府県庁所在地外での院外心原性心停止症例については、研究グループが仮定してあてはめたPM2.5濃度と人体に吸い込んでいた濃度とは異なっていた可能性があることに注意しなければならないという。
これまでも、PM2.5と院外心停止との関連性を検討した研究はあった。しかし、同研究では、全国規模で標準化された生活環境中のPM2.5測定データを使用していること、日本循環器学会がマネージメントしたデータで発生日時が特定されている心原性心停止症例のみを抽出していること、という強みがあるという。そのため、国際的には合意が得られてきているPM2.5の心臓への影響が、日本でも確認されることを示した初めての報告であると考えられる。日本におけるPM2.5の健康影響に関わる知見は、欧米諸国と比較して少ないため、今後も知見を集積していく必要があると考えている、と研究グループは述べている。
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