Cldn11の除去で、より大きな精子幹細胞の移植効率を改善できると推察
京都大学は4月8日、精子幹細胞を自家移植することで、先天性男性不妊症の治療ができることをモデルマウスによる実験で発見したと発表した。これは、同大大学院医学研究科の篠原隆司教授らのグループによるもの。研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」のオンライン速報版で公開されている。
画像はリリースより
精子幹細胞は、毎日膨大な数の精子を作り続けている。精巣は、細長い精細管というチューブがつながった構造が基本となるが、この精細管内にあるセルトリ細胞とセルトリ細胞の間には、血液精巣関門と呼ばれる構造がある。この構造により、セルトリ細胞は密接に隣のセルトリ細胞に結合しており、血液中の細胞や分子が精巣のチューブ内に侵入するのを妨げる。血液精巣関門の破綻は、精子形成中に起こる減数分裂の停止や、精子に対する自己免疫疾患の発症を引き起こすことが、これまでに遺伝子欠損マウスの解析から知られていた。
研究グループは、この血液精巣関門を構成するのに必須である「Cldn11分子」に注目して研究を行った。このCldn11欠損マウスは、精子形成が減数分裂の途中で停止しており、先天的に不妊になっている。Cldn11があると血液細胞ですら血液精巣関門を通過できないことから、このCldn11を除去すれば、より大きな精子幹細胞の移植効率を改善できるのではないかと推察し、実験を行った。
血先天的な不妊症でも妊孕性を回復できることをマウスで証明
その結果、研究グループが予想した通りCldn11欠損マウスの精巣へ野生型の精子幹細胞を移植した際には、野生型精巣をホストにした場合よりも、より多くの精子幹細胞が生着することが判明した。この実験の対照実験として、Cldn11欠損マウスをホストとして自家移植を行った場合でも、Cldn11欠損マウスの精巣の中に精子らしい生殖細胞が認められた。もともとCldn11欠損マウスでは精子形成が途中で停止していたのだが、移植の前に幹細胞を生着させるために生殖細胞を薬剤で除去することで、移植の前よりも分化した精子が発生することがわかった。Cldn11欠損精巣では、血液精巣関門が欠損しているにもかかわらず、精子が認められることから、血液精巣関門は精子形成には必要ではないということがわかった。
そこで、Cldn11欠損マウスの精巣を免疫染色で調べたところ、Cldn11のファミリー分子である、Cldn3やCldn5という分子の発現が正常の精巣よりも強く発現していることがわかった。そこで、これらの分子が強く発現していることが、Cldn11欠損マウスの精子形成を抑制しているのであろうとの仮説を立て、立証するためにCldn11欠損マウスの精細管内にCldn3およびCldn5の小ヘアピンRNAを注入したところ、精子形成が再開することがわかったという。このようにして生じた精子を回収し、顕微受精の手法を用いて野生型の卵子と受精させたところ、Cldn11欠損マウス由来の子孫を得ることに成功。得られた子孫は正常な外見であり、外来で導入した遺伝子もゲノム内に挿入されていなかった。
先天的な男性不妊症の場合、精子数が少なくても精子が認められる場合には子孫を得ることが可能だが、精子よりも前の分化段階にある細胞では治療する手立てがなかった。しかし、今回の幹細胞の自家移植や小ヘアピンRNAの投与により、より先天的に未分化な細胞の段階で分化が停止していても、妊孕性を回復できる可能性があるとわかった。同時に、これまで血液精巣関門は減数分裂の進行や免疫細胞からの精子細胞の防御に必要なため精子形成に必須と考えられてきたが、今回の研究でこの説は覆されたと言える。
異常な幹細胞を異常な環境に移植して疾患を治癒できた
今回の研究成果は、異常な幹細胞を異常な環境に移植して疾患が治癒することを示した最初のケースでもある。
研究グループは、「元々は精子幹細胞の移植効率を改善しようとして始めた実験だが、対照実験から思わぬ結果を報告することになった。おそらく他にもこうした自家移植で治癒できる幹細胞があるのではないかと思っている」と、述べている。
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・京都大学 研究成果