運動野と脊髄に着目し、動的/静的の制御の神経回路をサルで調査
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は4月3日、随意運動中に脊髄と大脳皮質一次運動野が、筋肉との間に別々の感覚運動ループを形成して筋力を発揮していることを明らかにしたと発表した。これは、同センター神経研究所モデル動物開発研究部の大屋知徹室長、関和彦部長と、京都大学白眉センター・医学研究科の武井智彦特定准教授の共同研究グループによるもの。研究成果は「Communications Biology」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
私たちの運動は「動く」ことと「止まる(維持する)」ことの間断ない連続である。手足を動かすことが重要なのはもちろんのこと、腕や手をその場で維持することは、動くことと同じくらい重要なことだ。動かすことの目的は、素早く目標にたどり着くこと、維持することの目的は、目標に正確に安定的に位置を保持することである。一方は粗くても大きく動けばよいのに対し、他方は小さくてもよい分正確さが求められる。このような制御の際、両方の目的に適した制御を一括で行うより、それぞれ別に制御の方策を行うことのメリットがある。また、生体の外眼筋による眼の運動制御においても、動的/静的な制御のプロセス、回路が分かれていることがよく知られている。しかし、人を含む脊椎動物における四肢の運動制御においてこの動的/静的の2つの状態を実現するにあたり、どのような神経回路が寄与しているかほとんど知られていない。
そこで、研究グループは、運動に関わる主要な脳の領域である「運動野」に加えて、上位中枢からの指令を伝えるだけでなく、末梢からの信号を受け取り、迅速に運動実行に移す役割を担う「脊髄」に注目し、その神経回路の解明に取り組んだ。具体的には、4頭のサルに人差し指と親指でレバーをつまませて保持する動作を行わせている間に、筋活動(EMG)と、脊髄または一次運動野から局所フィールド電位(LFP)と呼ばれる脳活動を記録した。電気的神経活動の比較的低帯域 (~200Hz) の信号は局所的フィールド電位と呼ばれ、集団的な神経活動を反映するとされている。この信号と筋の電気的活動との機能的結合を、コヒーレンス解析と呼ばれる、信号の周波数帯別の相関を捉える解析によって調べた。
脊髄、運動野それぞれが筋活動と相互作用のループを形成し、運動を制御
その結果、ベータ帯域(15-30Hz)において、脊髄と筋とのコヒーレンスが動的運動時に、運動野と筋とのコヒーレンスが静的運動時に現れることを発見した。また、コヒーレンスがみられる筋にも違いがあり、脊髄では人差し指と前腕の屈筋群、運動野では手内在筋、手外在筋群全体にみられた。さらに、同一の神経活動を記録している箇所において複数の筋群からのコヒーレンスがみられたことから、その筋群が同じ信号のやりとりをしているネットワークにあると推定し、その組み合わせを調べた。すると脊髄は前腕の屈筋群同士でネットワークを形成しているのに対し、運動野は手指の筋だけでなく、前腕、上腕の幅広い筋群とのネットワークを形作っていることがわかった。
さらに、これらのコヒーレンスの時系列情報から、神経活動と筋活動の間の因果性解析を行った。解析の結果、脊髄、運動野のコヒーレンスいずれにおいても筋活動との双方向の因果性が認められた。これは脊髄、運動野それぞれが筋活動と相互作用のループを形成していることを示唆する。さらに行った時間的遅れの解析によって、この双方向性のやりとりの時間が、その信号の相互作用のループにかかる時間と一致することを発見した。これらのことから、動的、静的運動時には脊髄、運動野それぞれが筋との帰還信号を介した相互作用のループによって運動を制御していることが示唆された。
研究の成果により、私たちの巧みな運動の制御を可能にしている神経機構の理解や運動機能障害に対する治療法の開発が進むと考えられる。「脊髄損傷や脳損傷などで運動機能を再建するにあたり、動的と静的な運動の場面において、末梢の筋との信号の中継を振り分けて接続することで、より精緻な機能を回復させる治療に展開することが期待される」と、研究グループは述べている。
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・国立精神・神経医療研究センター プレスリリース