「光遺伝学」の登場で、D2受容体機能の検証が可能に
東京大学は3月23日、マウスの行動実験において光による神経活動の操作・観察技術を組み合わせることで、環境情報から報酬を予測する記憶が間違っていた際に側坐核で生じるドーパミンの一過性低下をD2受容体発現細胞が検出し、間違った記憶を訂正していることを発見。さらに、マウスの脳スライスを光操作で観察したところ、微小なドーパミン信号変化をD2受容体が検出しスパインが頭部増大を起こすことを見出したと発表した。これは、同大大学院医学系研究科・IRCNの飯野祐介研究員、澤田健大学院生、山口健治研究員、河西春郎教授、柳下祥講師およびIRCN・京都大学工学部情報学研究科の石井信教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature(電子版)」に掲載されている。
画像はリリースより
統合失調症では神経伝達物質のドーパミンが過剰になると妄想・幻覚などの症状を生み、D2受容体を抗精神病薬が遮断すると症状が改善することが知られている。しかし、具体的にどのようにシナプス機能や行動を制御しているのかは未解明だった。
ドーパミン神経が強く投射する領域である側坐核には、ドーパミン1型受容体(D1受容体)を発現する神経細胞群(D1細胞)と、D2受容体を発現する細胞群(D2細胞)が半数ずつ存在する。これは報酬による条件づけ学習において予想外の報酬が与えられると、定常状態から一過性にドーパミン濃度が上昇する。これにより、音などの条件刺激(CS)と水などの報酬(無条件刺激、US)を連合させる古典的条件づけ学習が生じる。その結果、学習前は反応を起こさなかったCSから動物は報酬を予測し、条件反射が起きるなど、CSが高い価値情報を持つようになる。一方、ドーパミン濃度は予想外に報酬が来ないと一過性に濃度が低下することが知られている。このドーパミンの一過性低下をD2受容体が検出することが予想されていたが、その実態の検証は、電気刺激法などの実験手法では困難だった。
しかし、光遺伝学によりこれらの検証が可能になったことから、研究グループは今回、光による神経活動の操作・観察技術を用いて、D2受容体機能について検証を行った。
「がっかり信号」をD2細胞のスパインがD2受容体を介して検出し、過剰な予測を訂正
まず、マウスを用いて音(CS)と報酬を連合させる条件づけ学習を調べた。報酬による条件づけ学習は実際に提示した低周波数の音(CS+)だけでなく、提示していない高周波数の音にまでに広がる(汎化)ことがわかった。この汎化する学習にはD1受容体が必要で、視覚刺激にまでは広がらなかった。現実世界において、食べ物や水など報酬を予測する手がかり情報にはある程度のばらつきがあるため、汎化学習は報酬を効果的に獲得するのに合理的で、進化の過程でこのような回路が生得的に備わったと考えられる。
次に、条件づけに用いた低周波数の音(CS+)を報酬ありとし、高周波数の音(CS-)を報酬なしとすることを繰り返す実験を行った。、最初は汎化的にCS-に対して見られた条件反射は、2日間の学習で減少した。この弁別学習の最中に、側坐核でドーパミン神経活動の光測定を行うと、予測した報酬が実際にはもらえないCS-の提示後に、2秒程度ドーパミンが低下していた。さらに、このドーパミンの一過性低下を光による神経活動操作により打ち消すと弁別学習ができなくなったことから、ドーパミン一過性低下は予想した報酬が実際にはない場合に、「がっかり信号」として予測を精緻化すると考えられた。一方、全ての刺激から報酬をなくす消去学習では、ドーパミン一過性低下は起きなかった。
さらに、マウスの脳スライスを用いて、このドーパミン一過性低下を検出する仕組みを詳しく調べた。まず、2光子励起により、D2細胞の単一スパインをグルタミン酸刺激することで、スパイン頭部増大が起こる条件を見出した。次に、光遺伝学を駆使してドーパミン神経を青色光で刺激し、脳スライス上に生体で見られる定常状態のドーパミン活動を再現した。この定常条件では、D2受容体がグルタミン酸刺激によるスパイン頭部増大を抑制していたが、ドーパミン刺激を0.4秒停止してドーパミン濃度を低下させると、スパイン頭部増大が起こった。この頭部増大に必要な信号をマウス個体において阻害すると、弁別学習ができなくなった。脳スライスと学習行動の結果を合わせると、ドーパミン一過性低下によるがっかり信号を、D2細胞のスパインがD2受容体を介して検出することで、過剰な予測を訂正すると考えられる。
また、覚せい剤は脳内のドーパミンを増やし、ヒトにおいて幻覚や妄想といった精神病症状を起こすことがある。覚せい剤投与時のドーパミン動態を調べると、定常状態のドーパミン濃度が増加し、ドーパミン一過性低下信号が小さくなっていた。この状態では、D2細胞のスパイン増大および過剰な予測を訂正する学習が障害された。この障害は、D2受容体遮断薬(抗精神病薬)により回復した。
脳が環境に適応する際にシナプスの異常があると、妄想の発展に至る可能性
今回の研究成果により、報酬学習を行う際に、まずD1細胞が汎化的に学習し、その後、D2細胞が現実に合わせて訂正する弁別学習を行うという、新しい脳の計算原理が見出されたことで、人工知能研究への応用が考えられる。さらに、D2細胞が過剰な予測を訂正する機序はドーパミン過多によって障害され、抗精神病薬により回復したことから、この機序の破綻が統合失調症初期の妄想を認知心理学的に説明する価値情報の帰属障害を引き起こす可能性がある。また、消去学習は価値に関する状況処理を脳が切り替えることで生じ、D1/D2細胞は価値の状況ごとに汎化・弁別学習をすると考えられる。
これらのことから、就学、就職、移民などの新しい価値が関わる生活状況において汎化・弁別をする際に、D2受容体の機能の脆弱性などのシナプスの異常があると、弁別学習障害を介して妄想の発展に至るという、分子、シナプス、回路、個体行動、リアル・ワールドまで整合性のある新しい仮説が提起でき、病態理解や早期診断に進歩をもたらすと期待される。
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