BDNF遺伝子のVal66Met多型が、PTSD患者の記憶症状にどう関連するのか
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は3月19日、心的外傷後ストレス障害(PTSD)患者における記憶バイアスにBDNF遺伝子が関与することを明らかにしたと発表した。この研究は、同センター精神保健研究所の金吉晴所長、行動医学研究部の堀弘明室長らの研究グループが、同センター神経研究所疾病研究第三部、名古屋市立大学大学院医学研究科精神医学教室、若松町こころとひふのクリニック、金沢大学国際基幹教育院臨床認知科学研究室と共同で行ったもの。研究成果は、「Scientific Reports」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
PTSDはトラウマ体験を契機として発症する疾患だが、一方で、そのような体験をした人全員がPTSDを発症するわけではないこともわかっている。例えば、日本の複数の地域において一般人口を対象とした調査では、およそ60%の者がトラウマ体験を経験していたのに対し、そのなかでPTSDを発症した者は1.6%であったと報告されている。したがって発症には、各個人のPTSDへのなりやすさが関係し、このなりやすさには遺伝要因が関与していると考えられている。PTSDの推定遺伝率(疾患の原因のうち遺伝によって説明される割合)は30~45%程度であることが示されており、これはうつ病や不安障害と同様の割合。しかし、どの遺伝子がPTSDの発症リスクを高めるかについては十分にわかっていない。BDNF遺伝子のVal66Met多型の関与を示唆する研究報告が複数存在するものの、この遺伝子(多型)がPTSDの記憶症状にどのような影響を与えているのかは明らかになっていない。
これまでに研究グループは、PTSDの女性患者では健常対照女性と比較して、単語記憶課題によって測定したネガティブな記憶バイアスが有意に強いこと、また、この傾向は記憶力の低い患者においてより顕著であることを見出した。この結果から、単語記憶課題によって測定したネガティブ記憶バイアスは、PTSDの記憶障害を客観的・定量的に捉える上で有用な指標となる可能性が示唆された。そこで今回の研究では、PTSD患者において、BDNF遺伝子のVal66Met多型が、このネガティブ記憶バイアスにどのように関連するのかを調べた。
PTSD患者のネガティブ記憶バイアスは、BDNF遺伝子多型Val/Met<Met/Met
研究は、NCNPが主幹研究機関となり、共同研究機関とともに実施しているゲノム・バイオマーカー・心理臨床指標を包含したPTSD研究プロジェクトにおいて収集中のデータおよびサンプルの一部を用いて実施された。今回の研究対象は、50名のPTSD女性患者および70名の健常対照女性。記憶バイアスは単語記憶課題によって測定され、BDNF遺伝子Val66Met多型はPCRにより解析された。
解析の結果、PTSD患者群では、BDNF遺伝子Val66Met多型のMet対立遺伝子を多く有するほどネガティブ記憶バイアスが有意に強くなることが示された。他方、健常対照群では遺伝子多型と記憶バイアスの間に有意な関連はみられなかった。さらに、ペアごとの比較により、PTSD患者の中でMet対立遺伝子を有する群(Val/Met群およびMet/Met群)のみが健常対照群に比べてネガティブ記憶バイアスが有意に強いことが見出された。
今回の研究により、PTSDの中核症状である記憶の障害に関与する遺伝子が見出された。研究グループは、「BDNF遺伝子のVal66Met多型がPTSDの記憶バイアスに影響することを示した本研究結果は、PTSDの病因解明や早期発見・治療法開発に寄与する可能性が考えられ、今後、より大きなサンプルでの検討や男性例での検討が進むことが期待される」と、述べている。