がん細胞形成のネットワーク構造、試験管内での再現に成功
大阪大学は3月12日、がん細胞の集団が自己集合して血管網に似たネットワーク構造を形成することを、試験管内で再現することに成功し、単純な個体ベースモデルに基づくシミュレーションを用いて、細胞間に働く力がネットワーク構造の形成に重要であることを発見したと発表した。この研究は、同大データビリティフロンティア機構の中野賢特任准教授(常勤)らと、同大大学院生命機能研究科平岡泰教授ら、国立研究開発法人情報通信研究機構原口徳子主任研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、米国科学誌「Biophysical Journal」に掲載されている。
画像はリリースより
がん細胞が生体内で増殖し続けるためには、栄養を継続的に獲得する必要がある。そのため、がん細胞は、血管の伸長を促す信号分子を分泌して、血管、すなわち栄養源を自らの方向に引き寄せる。また、最近の研究から、がん細胞自身が血管網に似たネットワーク構造を形成して、血管に協調的にアクセスしたり、得られた栄養をがん細胞の間で循環させたりすることが示唆されている。しかし、がん細胞が形成するネットワーク構造を試験管内で再現することは難しく、がん細胞による構造形成の仕組みは理解されていなかった。
がん細胞のネットワーク構造形成には、細胞間に働く「遠隔力」「接触力」が重要
今回、研究グループは、マトリゲルの上でがん細胞を培養することで、がん細胞の集団が自己集合し、ネットワーク構造を形成することを発見。この時の、個々のがん細胞の動きを、顕微鏡を使って観察したところ、がん細胞がネットワーク構造を形成するためには、細胞間に働く2種類の力が重要であることがわかった。1つ目の力は、離れた細胞の間に働く力で、同研究では「遠隔力」と名付けた。まるで2つの物体が万有引力によって引き寄せられるように、物理的に離れている2個のがん細胞が互いの方向に移動することがあった。この力の作用を受けて、細胞集団は細胞密度が高い方向に移動して集合体を形成することを確認したという。
2つ目の力は、物理的に接触した細胞の間のみに働く力で、同研究では「接触力」と名付けた。がん細胞は細胞密度が高い方向に移動する傾向が強いが、必ずしもそうではなく、物理的に接触している細胞の方向に動くことがあったという。遠隔力によって細胞の集合体が形成されると同時に、接触力によって集合体同士が連結される結果、特徴的なネットワーク構造がつくり出されることが明らかになった。
続いて、研究グループは、遠隔力と接触力を考慮した単純な個体ベースモデルを用いて、がん細胞がさまざまな構造を形成する過程を再現できないかと考えた。この個体ベースモデルでは、10万個程度の細胞の各々を1つの個体と考え、遠隔力と接触力に基づく単純な法則に従って動かした。任意の2つの細胞の間には遠隔力が働き、接触している細胞の間には接触力も働く。2種類の力を導入したシミュレーションでは、実験結果を忠実に再現できたという。一方、1種類の力を使ったシミュレーションでは、実験結果をうまく再現できなかった。この結果から、がん細胞による構造形成において、遠隔力と接触力の両方が重要であることが判明した。今回の研究成果は、細胞間に遠隔力や接触力が働いていると考えることによって、複雑な生命現象を簡単に理解することに成功したこととも言えるとしている。
今回の研究成果により、がんの増殖に必要な血管様構造を形成するときの仕組みの一端が明らかになった。この研究成果により、がん増殖・浸潤・転移の仕組みの理解につながると共に、細胞間に働く力をコントロールする薬剤の開発は、新規の抗がん剤の開発につながると期待される、と研究グループは述べている。
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