安静時MRI画像から、うつ病特異的な少数の脳機能結合を同定できるかを検討
広島大学は3月12日、全脳データからうつ病の中核群とされる「メランコリア特徴を伴ううつ病」に特異的な安静時脳機能結合を抽出し、うつ病の判定を人工知能(AI)により高い精度で判定できる新たな診断法を開発したと発表した。これは、同大大学院医系科学研究科の岡本泰昌教授、同 脳・こころ・感性科学研究センター市川奈穂特任助教らと、国際電気通信基礎技術研究所、脳情報通信総合研究所、量子科学技術研究開発機構、昭和大学、慶應大学、京都大学、東京大学の共同研究によるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
画像はリリースより
近年、脳画像データを用いて精神疾患の特徴を理解するための取り組みが続けられている。なかでも、安静状態における自発的な脳活動を機能的MRIデータとして記録し(安静時脳機能画像:rsfMRI)、脳領域間の時間的な同期関係(機能結合:FC)を求め、疾患と健常対照との差異を比較することにより、精神疾患の神経基盤について理解しようとする試みが増えてきている。しかし、安静時脳機能画像を用いて、うつ病の判別を試みた研究は未だ少なく、特に全脳データから疾患特異的な少数の脳機能結合を同定し、うつ病バイオマーカーを開発した研究は行われていない。
そこで研究グループは、安静時脳機能結合データに人工知能(AI)、複数の機械学習アルゴリズムを適用し、安静時脳機能結合に基づいたメランコリー型うつ病バイオマーカー(判別器)を開発すること、そして、抗うつ薬治療によるこのバイオマーカーの変化について検討した。「メランコリア特徴を伴う」うつ病とは、さまざまなサブタイプも指摘されるうつ病において、生物学的均質性が高く、うつ病の中核群と考えられる。
メランコリア特徴を伴ううつ病特異的な脳機能結合をAIにより高確率で判別
はじめに、うつ病症例は広島市近郊のクリニックから、健常者は地方紙の広告を介して実験参加に関する募集を実施。精神疾患簡易構造化面接法(MINI)により判定したうつ病患者92人(メランコリア特徴を伴ううつ病65人を含む)と、年齢・性別を合わせた健常者92人を解析対象とした。うつ病患者に関しては、抗うつ薬治療開始後0~2週以内にMRIの撮像を行い、一部の症例で6~8週後に再度撮像を行った。外部独立データとしては、量子科学技術研究開発機構・放射線医学研究所のMRIデータを利用(投薬前のうつ病患者11人、健常者40人)。他の精神疾患として、昭和大学の自閉症データ(患者74人、健常者36人)、京都大学の統合失調症データ(患者68人、健常者102人)も検討に用いた。
次に、被験者に対してMRI撮像を実施。被験者に安静にして眠らないように教示し、3テスラのMRIを用いて安静時脳機能画像を取得した。続いて、脳機能画像の解析に必要な下処理を行った後、脳溝アトラスに従って全脳137領域から時系列データを抽出し、時系列相関をまとめた相関行列データ(9,316の特徴量)を個人ごとに作成した。さらに、うつ病の判別器作成に必要となる AI (人口知能としての機械学習アルゴリズムの組み合わせ)として、性別、年齢、撮像環境(MRIの機種等)に関わらず、疾患の診断ラベルに基づく特徴量のみに絞り込むため、正則化正準相関解析(L1-SCCA)を行った上で、「うつ病か健常」の判別に特に重要となる少数の脳機能結合を抽出する目的で、スパース・ロジスティック回帰(SLR)を行った。なお、アルゴリズム内における情報漏洩対策として、連続的な入れ子式の特徴選択を行い、一個抜き交差検証(LOOCV)による判別率を得た。
その結果、うつ病患者全体を対象として判別器を作成した場合は、21 個の脳機能結合が抽出され、判別率は60%に留まったが、メランコリア特徴を伴ううつ病に限定した場合は、10個の脳機能結合が抽出され、判別率84%まで向上。外部独立データに関しても統計的に有意な判別が可能であることが示された。また、他のうつ病のサブタイプ(非メランコリー型、難治性うつ病)や、他の精神疾患(自閉症、統合失調症等)は判別しないことから、メランコリア特徴を伴ううつ病に特異的なバイオマーカー(判別器)であることが示唆された。さらに、これらの脳機能結合に対し、抗うつ薬である「選択的セロトニン再取り込み阻害薬(以下、SSRI)」による変化について検討。結果、抗うつ薬治療後6~8週間では、ほとんどの結合が健常側に変化したが、1つの脳機能結合(左背外側前頭前野/下前頭回から後部帯状回/楔前部の間の時系列相関)は、抗うつ薬治療による変化がみられなかった。
SSRI等による変化がみられない脳機能結合を標的とした新しいうつ病の治療法開発に期待
今回の研究成果により、全脳データからうつ病の中核群とされるメランコリア特徴を伴ううつ病に特異的な安静時脳機能結合を抽出し、AIを用いて高い精度で判定できること、また、SSRI治療により変化がみられない脳機能結合が存在することが明らかになった。また、バイオマーカーとして抽出された脳機能結合は、抗うつ薬治療による変化に差異がみられ、変化しなかった結合には、「反復経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)」などの治療標的部位とされる左背外側前頭前野や、抑うつ的反芻思考に関わる後部帯状回/楔前部が含まれていた。「今後、10分間のMRI検査によりうつ病の中核群の判定ができること、薬物(SSRI等)による変化がみられない脳機能結合を標的とした新しいうつ病の治療法開発が期待される」と、研究グループは述べている。
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・広島大学 研究成果