認知機能障害で苦痛の言語化が困難に、痛み緩和も不十分
慶應義塾大学は3月12日、訪問看護師を対象としたアンケート調査により、認知症ががん患者の終末期の Quality of Life (以下、QOL)を低くする可能性があると発表した。これは、同大大学院健康マネジメント研究科の廣岡佳代特任講師、看護医療学部の深堀浩樹教授らと、東京都医学総合研究所が共同で行った研究によるもの。研究成果は、日本老年医学会の公式英文誌「Geriatrics & Gerontology International」オンライン版に掲載されている。
日本人の多くは、もし自分ががんの終末期になった場合、「苦痛がない」「望んだ場所で過ごす」「人として大切にされる」「負担にならない」などを大切にしたいと考えているとされる。これらは「終末期のQOL」と呼ばれ、苦痛がなく、本人の意向に沿った終末期ケアを受けられるほど、終末期のQOLが高くなるといわれている。過去の研究では、自宅で死亡したがん患者は、病院で死亡した場合と比較して、終末期のQOLに対する遺族の満足度が高くなることが報告されている。
がん患者の7~30%が認知症を有すると報告されており、高齢化により認知症を有する高齢がん患者が増加している。しかし、高齢がん患者が認知症を有する場合、認知症のない高齢がん患者と比較して、がんによる痛みの緩和は十分に行われていないことが報告されている。その理由として、認知症による認知機能障害が重度であるほど、痛みなどの苦痛症状をうまく言語表現できないことや、医療者が認知症を有する高齢がん患者に対し、「認知症の場合には痛みを感じない」「痛みを訴えないことは、痛みがないことだ」といった誤解を持つことが挙げられる。
本人の意向を代弁する家族がいないと終末期QOLが低い
研究グループは、終末期のQOLを評価するために広く用いられている「終末期がん患者の看取りの質評価尺度(望ましい死の達成:Good death inventory)」を用いて、死亡したがん患者(508人)に緩和ケアを提供していた訪問看護師にアンケート調査を行い、認知症ががん患者の終末期のQOLに与える影響を検討した。看取りの質評価尺度は、前述した日本人が大切にしている「苦痛がない」「望んだ場所で過ごす」「人として大切にされる」「負担にならない」などの項目で構成される。
その結果、がん患者の156人(30.7%)が認知症を有することが示された。また、認知症を有するがん患者は終末期のQOLが低い傾向であること、認知症を有するがん患者のなかでは、家族介護者がいない場合には終末期QOLが低い傾向になることが明らかになった。つまり、認知症によって、高齢がん患者本人が意向を示しにくくなり、本人の意向を代弁してくれる家族もいない場合、本人の望む死を達成できない可能性が高いことが示された。
今回の研究から、「人生会議」(アドバンス・ケア・プランニング)などを活用し、事前に本人の意向を把握すること、また、家族介護者がいない認知症がん患者の権利を擁護するなど、がん患者本人の意向に沿った終末期ケア提供が必要であることが示された。「認知症の有無にかかわらず、質の高い終末期ケアを提供できるよう、認知症を有する高齢がん患者の痛みなどの苦痛緩和、意向把握などの終末期ケアの提供が必要であり、今後、その支援に向けたプログラム等の開発が求められる」と、研究グループは述べている。
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・慶應義塾大学 プレスリリース