糖尿病の発症に影響を与える「環境」と「腸内細菌叢」
京都大学は3月6日、腸内細菌が生成した代謝物「4-クレゾール」が膵臓のインスリン産生ベータ細胞の増殖と機能の刺激を誘導し、1型および2型糖尿病に対する抑止効果を発揮することを発見したと発表した。これは、同大医学研究科の松田文彦教授、ドミニク・ゴギエ客員教授(フランス国立保健医学研究所リサーチディレクター)、学際融合教育研究推進センターのマーク・ラスロップ特別招へい教授(マギル大学教授)、島津製作所ライフサイエンス研究所の佐藤孝明所長、同園村和弘研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、国際学術誌「Cell Reports」のオンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
日本には糖尿病患者が1千万人以上おり、有病率は今も上昇し続けている。糖尿病は心臓血管病の発症リスクの増加とも関連しており、大きな社会問題となっている。
最近の研究で、糖尿病の発症と関連する遺伝子が同定され、また、環境の影響と腸内細菌叢の組成の違いが発症に影響を与えることが示されているが、その分子機構についてはまだ解明するべき点が多く残っている。
低濃度の4-クレゾールによってベータ細胞に刺激が入り、糖尿病の改善につながる可能性
研究グループは今回、質量分析による代謝物の網羅的測定パイプラインと効率的な解析手法を開発。これにより、数千人の数百の代謝産物の測定や変化の分析が可能となり、腸内細菌叢によって産生される分子を含む疾患と関連する代謝物を同定できるようになった。この技術を用いて、成人糖尿病患者と対照群合わせて138人の血漿を用いた網羅的代謝物測定を実施し、体内に存在する代謝物の量的変化を分析した。その結果、腸内細菌叢によって生成され特定の食品にも存在する有機化合物である代謝物、4-クレゾールの血中濃度が対照群と比較して糖尿病患者で低いことを見出した。
さらに、糖尿病と肥満のラットおよびマウスを用いて、血中のブドウ糖濃度を調節するインスリンを分泌する膵臓ベータ細胞の機能および糖尿病の発症に対する4-クレゾールの効果を調べたところ、4-クレゾールによる刺激で、肝臓の肥満と脂肪蓄積の減少、膵臓質量の増加、およびインスリン分泌と膵臓ベータ細胞の増殖の両方が得られることを発見した。
糖尿病患者は病気の過程でベータ細胞が減少するが、現在のところ、膵臓のベータ細胞の増殖を刺激し、インスリン分泌を回復する機能を改善する治療法は存在しない。今回の研究成果により、低濃度の4-クレゾールによってベータ細胞に刺激が入り、糖尿病の改善につながる可能性が示された。加えて、腸内細菌によって生成された代謝産物を通じて、腸内細菌叢がヒトの健康へ好影響を及ぼすことが確認され、糖尿病、肥満、脂肪肝などに対する新しい治療法の開発が期待される。
現代の医療では、治療法に関連する分子機構や作用機序がまだ十分に理解されていない、あるいは面倒で侵襲的な技術を伴うようなものでも、病気に対して治療効果があると見込めれば、患者に新たな治療法として提供される。研究グループは、「今後は、腸内細菌叢の微調整を可能にして特定の細菌の増殖を促進し、その細菌の代謝産物を治療効果の現れる量まで上昇させる治療アプローチを開発するとともに、今回の研究で確立した代謝物解析の技術を、難病をはじめとする多様な病気に適用して、疾患と関連する代謝バイオマーカーの同定を目指す」と、述べている。
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・京都大学 研究成果