オピオイドδ受容体作動薬「SNC80」と「KNT-127」の違いを検証
東京理科大学は2月18日、オピオイドδ受容体作動薬の投与により不安・恐怖記憶が消去されやすくなることを示したと発表した。これは、同大薬学部薬学科の斎藤顕宜教授、山田大輔助教、栁澤祥子らの研究グループによるもの。研究成果は、「Neuropharmacology」に掲載されている。
画像はリリースより
現在、代表的な不安障害である心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療薬として、抗うつ薬のセロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)が一般的に用いられている。しかし、「治療効果が出るまでに数週間要する」「十分な効果を得られない患者が存在する」などの問題があり、新しい作用機序による治療薬の開発が切望されている。
オピオイドδ受容体作動薬は、感情の制御に関わることが知られており、研究グループはこれまでに動物モデルを用いた検討から、オピオイドδ受容体作動薬のKNT-127とSNC80が抗不安作用を示すことを突き止めていた。しかし、SNC80とKNT-127はよく似た薬理学的作用を示す一方で、SNC80はけいれんやカタレプシーといった副作用を示すが、KNT-127にはそのような副作用の報告はないという違いがある。そこで研究グループは、「SNC80とKNT-127では、恐怖・不安記憶の消去学習に対して異なる影響を及ぼす」という仮説を立て、検証を行った。
KNT-127は投与量が多くなるほど、マウスのすくみ反応が有意に減少
まず、恐怖記憶を形成させるため、床に電線を敷いたケースにマウスを入れ、0.8mAの電流を1秒間、30秒の間隔をあけて8回流した。これは「恐怖条件付け試験」と呼ばれる試験で、マウスは、実際に電気ショックを与えなくても、電線を敷いたケースに入れられるだけで恐怖記憶を呼び起こすようになる。
電気ショックの24時間後に、低用量(1mg/kg)、中用量(3mg/kg)、高用量(10mg/kg)のKNT-127、SNC80、生理食塩水のいずれかをマウスに注射し、その30分後に再び同じケースに6分間入れて、恐怖反応である「すくみ反応」(フリーズ)を示した割合を記録した。さらに、その24時間後にも同じケースに6分間入れ、すくみ反応を観察した。その結果、KNT-127を投与したマウスは、24時間後にケースに戻した際にすくみ反応を見せた割合が、投与量によって異なるものの、中用量群と高用量群でコントロール群(生理食塩水群)よりも有意に少ないことが判明。また、投与量が多いほどすくみ反応は少なくなることも確認された。さらに、その24時間後に行った2回目の観察でも、中用量投与群と生理食塩水群の有意差は認められなかったものの、高用量群では依然として生理食塩水群よりもすくみ反応は有意に少ないことが示された。一方、SNC80を投与したマウスでは、1回目の観察では低用量群、中用量群、高用量群全てで生理食塩水群よりも有意にすくみ反応が少なかったが、2回目の観察では、全てのSNC80投与群と生理食塩水群で、有意差は認められなかった。
これらの結果は、KNT-127とSNC80はどちらも抗不安作用を持つが、消去学習の促進はKNT-127でのみで認められること示唆している。さらに、恐怖記憶の消去学習によって脳の特定の領域でリン酸化が促進されることで知られるERK1/2は、KNT-127投与群で1回目の観察後に増加が確認された一方、SNC80では増加が認められないことも確認したという。
KNT-127とSNC80の記憶消去メカニズムの違いを示唆、PTSDの新規治療法開発に期待
今回の研究成果により、KNT-127とSNC80はともに恐怖記憶の消去による抗不安作用を示すものの、恐怖記憶の消去学習を促進する作用はKNT-127のみで確認されたことから、同じオピオイドδ受容体作動薬でも、背景にはそれぞれ異なる記憶消去のメカニズムがあることが示唆された。
研究グループは、「恐怖条件付け試験は、PTSDの研究にもよく用いられる動物モデルの1つだ。今回の研究で示されたオピオイドδ受容体作動薬による不安恐怖に対する消去学習の促進作用は、PTSDのこれまでにない画期的な治療法開発の可能性を示唆している」と述べ、今後の研究開発への期待を示した。
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・東京理科大学 プレスリリース