概日リズム障害は、病態や発症メカニズムなどが未解明
京都府立医科大学は2月14日、体内時計の持続的なかく乱が免疫老化を促進させ、慢性炎症の増進をもたらすことを解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科統合生理学の八木田和弘教授らの研究グループが、京都大学の生田宏一教授、理化学研究所・千葉大学の川上英良教授らと共同で行ったもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
画像はリリースより
体内時計は、地球の自転に伴う環境周期への適応を担う、ほとんどの生物が持つ根源的な仕組みのひとつ。近年、急速に進む都市機能の24時間化などにより、現代のヒトのライフスタイルは「地球本来の環境に沿った暮らし」から大きく逸脱している。体内時計は食・運動・睡眠などの日常行動と密接に関連するが、生活時間(環境時間)と体内時計の慢性的なズレは、さまざまな健康問題(概日リズム障害)を生じることが懸念されている。例えば、シフトワーカーを対象とした多くの疫学研究によって、うつ病、メタボリックシンドローム、心筋梗塞、脳卒中、不妊症、がんなど多岐にわたる疾患リスクとの関連が指摘されている。しかし、概日リズム障害は喫緊の社会的課題であるにも関わらず、具体的な病態や発症メカニズムなど、その根本的な理解が不十分なために未だ有効な対策が打てていない。
体内時計の乱れが長期持続すると寿命の短縮とともに免疫老化が促進
今回、研究グループは、体内時計を明暗シフトによってかく乱する条件下(ライトのON/OFFのタイミングだけが異なる条件下)で約20か月という長期間にわたりマウスを飼育し観察する「マウスコホート研究」という実験系を構築。これは、疫学調査で指摘された現実社会の問題に対し、「体内時計の乱れで本当に健康に大きな影響が起こるのか?」という原点となる前提の検証実験を通して問題解決に必要な科学的問いを抽出する、「リバース・トランスレーショナル研究」と呼ばれる研究アプローチだ。
この実験系を用いて解析をした結果、頻繁に明暗周期がシフトするために体内時計が適応できない同調不全状態が持続する条件では、マウスの寿命が有意に短縮することを確認。実際に体内時計のかく乱によって健康に大きな影響が出る可能性が示された。
続いて、寿命が短縮した条件の長期体内時計かく乱マウスの体内でどのような恒常性破綻が生じているのかを推定するため、肝臓と腎臓の網羅的遺伝子発現データを用い、対照群マウスと比較して大きく変化している遺伝子ネットワークを探索した。その結果、肝臓でも腎臓でも免疫系や免疫疾患に関係する遺伝子ネットワークが顕著に活性化していることがわかり、免疫機能に何らかの異常が生じている可能性が推定された。実際に肝臓では微小な炎症細胞浸潤や細胞脱落などの持続する軽度の炎症(慢性炎症)が増進しており、さらに、脾臓およびリンパ節の免疫細胞の解析から PD-1+CD44highCD4 T細胞(老化関連T細胞)などT細胞の変化に加え、CD95+GL7+胚中心性B細胞の増加など、免疫老化に特徴的な変化が促進していることが明らかになった。
これらの結果から、これらのマウスで「慢性的な体内時計のかく乱」→「免疫老化の促進」→「慢性炎症の増進」という病態メカニズムの存在が明らかとなった。慢性炎症はさまざまな疾患リスクの原因になる可能性が以前より指摘されており、慢性的な体内時計の同調不全をきたすような不規則な生活で懸念される健康問題の本質的な原因の1つである可能性が強く示唆された。
概日リズム障害の根本的な病態理解に加え、予防法開発に期待
古くから「不規則な生活は体に悪い」と言われてきたが、今回、これらの健康問題の背景として「免疫老化」という具体的な病態メカニズムの存在が明らかになった。日常生活の乱れによる体内時計とのズレが免疫細胞の加齢性変化である「免疫老化」を促進するという今回の発見は、いわゆる「概日リズム障害」と総称される健康問題の根本的な病態の理解に貢献するものと考えられる。
また、今回の研究のもう1つの重要な発見は、明暗シフトのタイプによって健康への影響が大きく異なることを実際に示すことができた点だ。「シフトワークは体に悪い」としか言えないようでは社会的課題の解決にはつながらない。病院・警察・消防・交通など、社会インフラの維持は地域社会の存続に必須だ。働き方改革のみならず、超少子高齢化、人口減少社会、人口偏在・地域格差など、これから我が国が直面する社会構造変化の多くに、体内時計・概日リズム研究は深い関わりを持つ。実装可能な社会的課題の解決のためには、「シフトワークは存在しつづける」ことを前提とした対策が必要。研究グループは今後、個人差も大きな「概日リズム障害」の予防に必要な病態メカニズムの全容解明とともに、体への負担が少ないシフトの組み方や体内時計のセルフマネジメントなどの実証研究につなげていきたいとしている。
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・京都府立医科大学 プレスリリース