脳は少数で不安定な神経活動からどのように安定した情報を表現しているのか
東京大学は2月14日、さまざまな画像に対するマウス一次視覚野の神経細胞の活動を網羅的に記録し、その活動からマウスが見ていた画像を再現する手法を開発したと発表した。この研究は、同大学大学院医学系研究科統合生理学分野/東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構の大木研一教授と吉田盛史助教の研究チームによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
ヒトの生活の大部分は、目から入る視覚情報に大きく依存している。ヒトを含む動物の脳がどのように視覚情報を処理しているのかを明らかにすることは、脳科学の分野で重要な問題のひとつだ。また、人工知能の分野において、脳機能を模倣したニューラルネットワークの成功に見られるように、脳の視覚情報処理の解明は、優れた人工知能アルゴリズムの開発への応用が期待される。
外界からの視覚情報を脳が処理する際、提示された風景や物体の写真のような画像に対し、脳内にある多くの神経細胞のうち活動するのはごく少数の神経細胞だと考えられている。このことから、ある瞬間の画像情報は少数の神経細胞によって処理されていると考えられている。このような情報処理の様式はスパースコーディングと呼ばれており、スパースコーディングは理論的な観点から、画像の効率的な情報表現であると提唱されている。
では、少数の脳細胞の活動にどのような画像情報が含まれているのか。それを調べるためには、脳活動から実際に見ている画像を再現する方法がある。ヒトでの機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた研究で、脳活動を反映する血流信号からヒトが見ていた画像が再現できることが報告されている。しかし、血流信号ではなく、脳細胞の活動にどの程度の画像情報が含まれているのかは明らかにされていなかった。また、個々の脳細胞の活動は、同じ画像を見ても毎回異なり、不安定であることが知られている。しかし、ヒトが見ている世界は安定しているように知覚されるため、脳内では安定した情報処理が行われていると考えられる。そこで今回、研究チームは、脳がどのようにして少数かつ不安定な神経活動を用いて安定した情報を表現しているのかを、マウス実験で解析した。
画像はリリースより
わずか20個の脳細胞から情報抽出、視覚情報処理メカニズムの解析に成功
まず、マウスに数百から数千枚の画像を見せながら、二光子カルシウムイメージングという手法で、マウスの一次視覚野の1 mm以下の範囲にある数百個の脳細胞の活動を網羅的に記録し、その活動にどのような情報が含まれているのかを調べた。その結果、従来の報告と同様に、個々の画像に対して数パーセント程度の神経細胞が活動していた。続いて、この少数の細胞の活動にどのような画像情報が含まれているのかを調べるために、神経活動からマウスが見ていた画像を再現する解析手法を開発。この解析手法はヒトのfMRIを用いた研究などで用いられてきた。今回この手法を応用し、二光子イメージングのデータからの画像の再現に初めて成功した。
この手法を用いて解析を行ったところ、1つひとつの画像はごく少数(約20個)の細胞の活動から再現できた。このことから、少数の脳細胞の活動に複雑な画像の情報が含まれていることが判明。また、同じ画像を繰り返し提示すると、応答する細胞やその活動の大きさは毎回変動していた。この神経活動の不安定さにも関わらず、この活動から比較的安定して同じような画像を再現できた。これにより、一見不安定に見える脳細胞の活動にも、安定した画像の情報が含まれていることがわかった。
そこで、なぜ少数の脳細胞の不安定な活動に、複雑な画像の情報が安定に含まれているのかを解析。その結果、少ない細胞で複雑な画像情報を表現するために、個々の細胞が持つ情報が大きく異なっていることがわかった。さらに解析を進め、各細胞が持つ情報はお互いに少しずつ補い合っていて、ある細胞が活動しなくても別の細胞たちが活動することにより情報が補完され、安定した情報表現が可能になっていることが明らかになった。
これらの結果は、長年提唱されてきた少数の細胞の活動に情報が表現されているというスパースコーディングを実証するもの。また、不安定な神経活動の中に安定した情報を表現するという、新規の情報処理様式を提唱する結果だ。研究チームは、「本研究は、ヒトがどのようにして安定して世界を見ているのかを明らかにし、脳の視覚情報処理への理解を深めることに寄与し、また、今回明らかにした脳の情報処理様式は、将来的に優れた人工知能アルゴリズムの開発につながることが期待される」と、述べている。
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