EPA内服による、眼内でのBDNF産生の改善・網膜機能改善の可能性を検討
名古屋大学は2月13日、糖尿病網膜症における網膜機能障害のメカニズムとその効果を明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科眼科学の鈴村文那大学院生、兼子裕規病院講師、寺﨑浩子教授らの研究グループによるもの。研究成果は、国際医学総合誌「Diabetes」(電子版)に掲載されている。
画像はリリースより
糖尿病の三大合併症の1つである糖尿病網膜症(DR)では、不可逆的な網膜機能障害(網膜内神経細胞の障害)が問題となるため、早期からの神経保護治療が重要だが、診断基準となる眼底異常の所見が出現する前から、同障害は起きていると考えられる。
そこで研究グループは、神経栄養因子の中でも糖尿病で低下すると言われるBDNFに注目し、ω3脂肪酸「エイコサペンタエン酸(EPA)」を内服することにより、視床下部でのBDNF産生が改善されるという報告をもとに、EPA内服による眼内でのBDNF産生の改善と網膜機能改善の可能性を検討するとともに、そのメカニズムを検証した。
EPAの内服により、BDNF産生とAmacrine細胞の機能改善
DR患者の硝子体中の活性酸素濃度が明らかに高いことと、DR発症に酸化ストレスが関与していることから、細胞実験では酸化ストレスとして過酸化水素を細胞に投与することで、DRモデルとした。また、BDNFを産生するMüller細胞として、MIO-M1細胞を網膜内神経細胞であるAmacrine細胞としてPC12D細胞を用い、それぞれに対して過酸化水素を投与したところそれぞれの細胞増殖の機能は低下し、MIO-M1細胞のBDNF産生機能も低下した。一方、PC12D細胞に対してBDNFを投与したところ、その軸索の長さが短くなる変化が抑えられ、酸化ストレス下のPC12D細胞でも、投与するBDNFの濃度が高いほど、細胞増殖の機能は改善した。
次に、動物実験ではストレプトゾシン(STZ)という薬剤をラットの腹腔内に注射した糖尿病モデルラットをコントロール群・STZ群・EPA群の3グループに分け、EPA群には5%EPAを含む餌を与え、コントロール群とSTZ群に対しては、ω3脂肪酸を含まず、かつ5%ひまわり油を含む餌を与えた。8週間これらの餌をそれぞれ与えた後、全身状態の評価と網膜電図、網脈絡膜サンプルの解析を行った。実験開始から8週間後、STZ群とEPA群では、コントロール群と比較して体重の減少・血糖値が上昇し、ケトーシスにもなっていたが、これら2群間には明らかな差はみられなかった。
一方、網膜電図でAmacrine細胞由来と言われる律動様小波(OP波)をそれぞれ比較したところ、STZ群で低くなっていたOP波の振幅は、EPA群で明らかに改善した。また、網脈絡膜サンプルの解析により、STZ群で上昇した酸化ストレスマーカーはEPA群で低下し、STZ群で低下したBDNF産生量は、EPA群で明らかに改善した。以上のことから、EPAの内服により、全身状態の改善はなかったものの、網膜内の酸化ストレスの改善とともにBDNF産生は改善し、DRにより低下したAmacrine細胞の機能もEPAの内服で改善することがわかった。
網脈絡膜サンプルを脂質質量解析したところ、EPA群でEPAの代謝産物がいくつか検出された。これらをMIO-M1細胞に投与したところ、18-HEPEのみがBDNF産生を改善させた。この作用を動物実験でも確認した結果、18-HEPEと同量のPBSを硝子体注射すると、18-HEPE投与眼においてOP波の改善と、BDNF産生改善を確認できた。
以上の結果から、高血糖下で産生された酸化ストレスによりMüller細胞が障害され、そのBDNF産生が低下することで、Amacrine細胞の活性が低下するという一連のメカニズムに対して、EPAの内服によりBDNF産生の改善とAmacrine細胞障害が抑制されることが確認でき、さらに、内服したEPAは体内で18-HEPEに代謝されて特定の網膜にのみ作用していることがわかった。
EPA内服がDR早期網膜障害の新規治療となる可能性
今回の研究で、DRで観察される網膜機能障害には Amacrine 細胞への直接的な障害だけでなくMüller 細胞から産生されるBDNFの減少が関与することが示唆された。また、EPA内服後の代謝産物である18-HEPEの特定の作用によってBDNF産生・網膜内神経細胞機能が改善されることがわかった。
「EPA内服には神経栄養因子を介してDR早期の網膜障害を改善する可能性があり、新たな治療戦略になると考えられる」と、研究グループは述べている。
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