中枢神経の中心部位に発生する腫瘍部位を採取するのが困難、治療法が進展せず
名古屋大学は2月5日、小児や若年成人に多い難治性の脳腫瘍である「H3 K27M変異型びまん性正中部神経膠腫」(diffuse midline glioma, H3 K27M-mutant:DMG)の全ゲノム解析を行い、特徴的な染色体構造異常を発見したと発表した。これは、同大大学院医学系研究科脳神経外科学の前田紗知大学院生、大岡史治助教、夏目敦至准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、英科学誌「Acta Neuropathologica Communications」に掲載されている。
画像はリリースより
予後不良な脳腫瘍である「神経膠腫」は、小児期や若年成人期には脳幹部等の中枢神経の中心部位に発生することが多く、手術も困難であり、極めて難治性の脳腫瘍である。このタイプの神経膠腫は、H3F3A遺伝子のK27M変異を認めることが多い。脳幹部等の中枢神経の中心部位は重要な生命機能を司っているため、この腫瘍の組織を採取することも困難だ。近年、DMGの分子研究は進みつつあり、さまざまな遺伝子異常、エピゲノム異常が見つかっているが、少数・少量の腫瘍検体で研究を進めなければならない点が大きな問題となっている。
H3F3A遺伝子変異に加え、同遺伝子部位の染色体構造異常も
研究グループと宮崎大学脳神経外科で同定した計15例のDMGについて、ドロップレットデジタルPCR(ddPCR)解析を行ったところ、4例でH3F3A K27M変異型アレル数が、野生型アレル数よりも多くなっていることがわかった。通常腫瘍細胞では2本のアレルのうち1本のアレルのみに見られることがわかっており(通常、腫瘍組織から得られる全アレル中、変異アレルの頻度は50%以下)、この変異はH3F3A遺伝子がある1番染色体(長腕)の染色体構造の異常と考えられたため、この4例の全ゲノム解析を行った。
染色体のコピー数解析と、1番染色体上の大多数の人にみられる一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism: SNPs)の変異アレル頻度解析を行い、ddPCR解析によるH3F3A K27M変異アレル頻度を用いて、染色体構造解析を実施。その結果、2例で1番染色体の短腕が1本、1番染色体長腕が3本になっていた。さらに、1番染色体上のSNPsの変異アレル頻度を解析し、H3F3A K27M変異のアレル頻度を組み合わせて解析を進めたところ、3本の1番染色体長腕は、1例で3本ともにH3F3A K27M変異型となっていること、1例で2本がH3F3A K27M変異型、1本はH3F3A野生型であることが明らかになった。
また、別の1例では、1番染色体の染色体数には異常はなかったが、SNPsの変異アレル頻度、H3F3A K27M変異アレル頻度から2本の1番染色体はいずれもH3F3A K27M変異であることがわかった。さらに別の1例では、1番染色体長腕のH3F3A遺伝子領域周辺の部分欠損があり、残存している1番染色体長腕上にH3F3A K27M変異があることもわかった。染色体短腕、長腕のプローブを用いたFISH解析でも、これらの症例は同様の結果であった。また、この4例は、その他の症例(低H3F3A K27M変異アレル頻度群、以下低頻度群)と比較して、変異型H3F3Aタンパク質(H3 K27M)の発現が増加していること、エピゲノム機構の1つであるヒストン修飾のH3K27me3レベルが減少していることもわかった。
がん遺伝子で変異型アレルが優位になるMASIがあると予後不良
近年、さまざまながんで、特に重要な役割を果たしているがん遺伝子では、変異型アレルの増幅もしくは野生型アレルの欠失により不均衡が生じて変異型アレルが優位になる「Mutant Allele SpecificImbalance(MASI)」という現象が同定されている。特に、KRASという遺伝子の変異では膵臓がんや大腸がんにおいて、そのMASIが予後不良因子であることが報告されている。同研究でもH3F3A K27M変異にMASIがある4症例は、低頻度群と比較して不良な経過をたどることが明らかになった。「極めて予後不良なDMGでは、未だ有効性が証明された標準治療は確立されていない。MASIが誘導する分子異常を詳細に解明することで新規治療標的を同定し、新規治療法の開発につなげる」と、研究グループは述べている。
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・名古屋大学大学院医学系研究科 研究トピックス