マウス・ヒト胃組織幹細胞にのみ発現するマーカー遺伝子の特定を試みる
金沢大学は2月7日、傷付いた胃の再生を担う組織幹細胞にアクアポリン5(AQP5)遺伝子が発現していることを突き止め、ヒトの胃組織幹細胞を特定し、それらの正常胃組織幹細胞に遺伝子変異が蓄積することで胃がん幹細胞に変化することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大がん進展制御研究所およびA*STAR研究所医学生物学研究所(IMB)のNick Barker博士(金沢大学がん進展制御研究所リサーチプロフェッサー(招へい型))が率いるIMB、金沢大学、シンガポールのゲノム研究所、国立シンガポール大学およびオランダのマーストリヒト大学などの研究グループによるもの。研究成果は、英国科学誌「Nature」に掲載されている。
画像はリリースより
胃がんは、日本を含むアジアでの罹患率が高く、転移・再発した場合の生存率が低い。また、悪性化した胃がんに対して有効な治療薬が開発されていない理由として、がん組織幹細胞が特定されておらず、発がんメカニズムの研究が遅れていたことが挙げられる。
研究グループは先行研究により、マウスの胃腺底部に胃組織の恒常性維持および傷害からの修復を担うLgr5遺伝子を発現する組織幹細胞を特定。また、これらの組織幹細胞に遺伝子変異が蓄積することで、胃がんが生じうることを明らかにしていた。一方、ヒト胃組織では、幹細胞の単離と解析を可能にする表面マーカーが存在せず、マウス胃組織幹細胞に相当する上皮幹細胞の存在は知られていなかった。
Lgr5遺伝子は小腸、胃、腎臓などさまざまな臓器に発現しているため、胃のLgr5陽性組織細胞に限ってがん遺伝子の変異を誘発できるマウスを作成することが不可能であり、このことが新規がん遺伝子の詳細な解析を妨げていた。そのため、研究グループは今回、ヒト胃組織幹細胞を同定し、胃がんの発生機序を解明するためにマウス・ヒト胃組織幹細胞にのみ発現するマーカー遺伝子の特定を試みた。
AQP5、胃幽門前庭部の組織幹細胞に特徴的に発現
研究グループは、Lgr5遺伝子を発現するマウス消化管幹細胞の遺伝子発現パターンを詳細に解析した結果、マウス・ヒトの胃幽門前庭部の組織幹細胞に細胞表面タンパク質AQP5が特徴的に発現していることを発見。これにより、抗体を用いてヒトAQP5陽性細胞を単離することが可能となり、それらの細胞機能を検証した結果、ヒト胃組織幹細胞を同定することに成功した。また、AQP5陽性胃組織幹細胞でのみ選択的に遺伝子変異を誘発できるマウスを開発し、Wntシグナル経路の活性化によって生じる初期胃がんの進展に、組織幹細胞が深く関与していることを明らかにした。変異の蓄積したAQP5陽性胃組織幹細胞は、胃がん幹細胞として振る舞うことも明らかになったとしている。
今回の研究により、胃がんの発生段階におけるWntシグナル経路の関与が明らかとなり、同シグナル経路を標的とする治療薬開発の重要性が示された。Barker博士は、「AQP5は膜タンパク質であるため、抗体を用いて実際の胃がん検体からヒト胃がん幹細胞の単離が可能となる。がん幹細胞を単離できることで、胃がんの発生機序の詳細な解析やがん幹細胞に対する薬剤スクリーニングを行うことも可能となる」と、コメント。同研究成果は、胃がんの発生・進展メカニズムの解明に貢献し、治療標的の発見などを通して、胃がんに対する効果的な治療法の開発につながることが期待されるとしている。
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