睡眠切り替えを制御する脳幹のマウス神経細胞を解析
筑波大学は2月7日、マウスにおいて、ノンレム睡眠とレム睡眠のバランスを司る脳幹の神経細胞を発見したと発表した。この研究は、同大国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)および人間総合科学研究科感性認知脳科学専攻の柏木光昭氏(博士後期課程3年)、林悠准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Current Biology」にオンライン公開されている。
画像はリリースより
睡眠は、脳内に張り巡らされた神経細胞のネットワークによって引き起こされると考えられているが、その全貌は未だに明らかになっていない。睡眠は、ノンレム睡眠とレム睡眠という2つのステージから成り、健康な状態では、これらが適切なバランスになるよう、脳内神経ネットワークにより調整されている。睡眠薬の多くは、睡眠そのものは増やせるが、適切なノンレム睡眠とレム睡眠のバランスを維持できない、という問題がある。また、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症などの神経変性疾患や、うつ病などの精神疾患では、両ステージのバランスの破綻がしばしば観察されることが知られている。ノンレム睡眠とレム睡眠は、それぞれが固有のメカニズムを介して、記憶学習などに重要な役割を担う。従って、両ステージのバランスを調節する脳内の神経ネットワークを明らかにすることにより、新規睡眠薬の開発や睡眠異常を伴う疾患の新規治療戦略を考える上で重要な知見を得られることが期待される。
脳のさまざまな機能の制御において、神経ペプチドと呼ばれる脳内物質が重要な役割を果たしている。睡眠においては、視床下部で作られるオレキシンが、覚醒の維持に重要な神経ペプチドとして有名だ。オレキシンを作り出す神経細胞を失い、脳内のオレキシン濃度が下がってしまうと、ナルコレプシーという疾患を引き起こす。このように、神経ペプチドは疾患と密接に結びついており、神経ペプチドによる脳機能制御のメカニズムを明らかにすることは、疾患の新規治療戦略の構築や創薬の観点から重要と言える本研究グループはこれまでに、マウスにおいて、脳幹と呼ばれる脳部位に、レム睡眠とノンレム睡眠の切り替えの制御に重要な神経細胞があることを明らかにした。そこで今回、それらの細胞が何らかの神経ペプチドを産生し、どのようなメカニズムで睡眠調節を担うのかの解明を試みた。
ニューロテンシン産生細胞が脳幹内4か所に散在し、協調してノンレム/レム睡眠を制御
研究グループはまず、マウス脳において、ニューロテンシンという神経ペプチドを持つ神経細胞(ニューロテンシン産生細胞)が、睡眠の制御に重要であることを発見した。遺伝学的手法を用いて脳幹のニューロテンシン産生細胞だけを活性化し、その後の睡眠を観察したところ、ノンレム睡眠が増えた一方、レム睡眠の量は減少した。逆に、ニューロテンシン産生細胞の機能を抑えると、レム睡眠に入る回数が増え、ノンレム睡眠の量が減少した。このことから、ニューロテンシン産生細胞が、ノンレム睡眠とレム睡眠のバランスの調節を担っていることが示唆された。興味深いことに、ニューロテンシン産生細胞は、1つの脳部位に留まらず、脳幹内の4か所で、同様の睡眠制御作用を持つことが明らかになった。さらに、マウスの脳内にニューロテンシンペプチドを直接投与したところ、ノンレム睡眠によく似た状態が惹起された。一方、生まれつきニューロテンシンを産生できない遺伝子改変マウスでは、レム睡眠が通常のマウスよりも増えていることも判明した。これらのことから、脳幹内に散在するニューロテンシン産生細胞群が、ニューロテンシンを通じて協調しあい、ノンレム睡眠とレム睡眠のバランスの制御に関わっていると考えられた。
さらに、ニューロテンシン産生細胞が存在する4か所のうちの1か所は、前庭神経核に位置していた。前庭神経核は、平衡感覚を司り、「揺れ」を検知する脳部位として有名だ。電車の揺れの中で眠くなったり、抱っこした赤ちゃんを揺らすと眠りに落ちやすいことは、経験上よく知られており、ニューロテンシン産生細胞は、このような「揺れ」を検知し「睡眠」を促すような神経細胞である可能性がある。今回の研究成果について、研究グループは、「マウス睡眠中の脳内神経メカニズムの一端を明らかにしただけでなく、今後、新規睡眠薬の開発や、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症といったレム睡眠の低下を伴う疾患の新規治療戦略を考える上で、重要な基礎的知見となる」と、述べている。
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