マクロファージの働きを制御する細胞内タンパク質「FROUNT」
東京理科大学は1月30日、免疫細胞の一種であるマクロファージの働きを制御する細胞内タンパク質FROUNT(フロント)を阻害することで、がんを抑制できることを新たに発見したと発表した。これは、同大生命医科学研究所の寺島裕也講師、遠田悦子客員研究員、大辻幹哉客員研究員、松島綱治教授らの研究グループが、熊本大学大学院生命科学研究部の吉永壮佐講師および寺沢宏明教授ら、千葉県がんセンター研究所の奥村和弘研究員、板倉明司客員研究員、永瀬浩喜研究所長ら、東京大学創薬機構の小島宏建特任教授、岡部隆義特任教授らと共同で行ったもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
画像はリリースより
生体にとって異物であるはずのがん細胞は、マクロファージやリンパ球などによる生体の防御機構を巧みにかいくぐり、増殖する。「免疫チェックポイント阻害薬」ではリンパ球を調節することで、一部の患者では余命が大きく延びた。しかし、この効果が得られない患者は全体の7割以上と多く、がん組織にマクロファージが多くみられる患者では、免疫チェックポイント阻害薬によるがんの免疫療法の効果が出ないことが知られている。しかし、マクロファージを調節する抗がん薬はこれまでに例がなく、調節のための標的となる分子の発見と、制御方法の開発が求められていた。
研究グループは2005年、マクロファージが体内を遊走する際に動きを制御する細胞内タンパク質としてFROUNT分子を発見、命名した。同研究グループは今回、マクロファージや、マクロファージの前駆体である単核球の遊走を制御するケモカイン「CCL2」と、CCL2を感知する受容体「CCR2」、そして「FROUNTタンパク質」に着目し、研究を行った。動物実験の結果から、CCL2はCCR2を持つマクロファージをがんへと誘引し、誘引されたマクロファージはTAMとしてがんの増殖を助けるようになることがすでにわかっている。また、FROUNTは、マクロファージに発現する別のケモカイン受容体、CCR5にも作用することを研究グループは明らかにしている。FROUNTはケモカイン受容体との相互作用によって、マクロファージがケモカインを目指して進もうとする反応(走化性)の強さを制御しており、この相互作用が創薬のターゲットとなる。
マクロファージが原因となる幅広い疾患での奏功にも期待
研究グループは、特定の肺がんで治療を受けた40人の患者について、FROUNT遺伝子の発現の強さと治療成績の関係を調べた。その結果、FROUNT遺伝子の発現が弱い患者のグループ(下位20名)は、発現が強い患者のグループ(上位20名)と比べ、手術後の再発が少なく、生存率も顕著に高くなっていた。さらに、異なる患者コフォートの解析でも、同様の結果が確認された。
FROUNT遺伝子の発現強度は、がんの進行ステージには依存しておらず、また、他のがんの治療成績に関する統計をFROUNT遺伝子を基準として分析したところ、がんの種類が異なっても、肺がんの場合と同じ傾向がみられた。FROUNTタンパク質の発現、またはそれに伴うFROUNTタンパク質の働きを低減できれば、がんの種類や進行ステージに関わらず、治療成果や余命を改善できる可能性があることが示唆された。
次に、副作用の軽減のため、FROUNTそのものではなく、FROUNTとCCR2の相互作用を阻害することで、マクロファージのがんへの集積を抑えるということを試みた。およそ13万種類の化合物のスクリーニングを行った結果、アルコール依存症の治療薬としてすでに認可され、長年使用されている安全で安価な「ジスルフィラム」という化合物に、FROUNTとケモカイン受容体との相互作用を阻害する作用があることを見出した。また、核磁気共鳴法(NMR)を利用し、FROUNT上のジスルフィラムが結合している部位を明らかにした。さらにジスルフィラムをマウスに投与してみると、マクロファージはがん細胞に集積しにくくなり、がんにおけるTAMへの分化や活性化が抑えられ、がん細胞の増殖が抑制された。さらに免疫チェックポイント阻害薬が効きにくいがん細胞に対してジスルフィラムを併用したところ、抗腫瘍免疫応答の増強を介してがん細胞の増殖を相乗的に抑えられることも明らかとなった。これらの成果を基にした非臨床研究はすでに完了しており、現在は国立がん研究センター東病院にて、ジスルフィラムと免疫チェックポイント阻害薬との併用による臨床研究を実施中だという。
マクロファージはさまざまな疾患で問題となっていることから、幅広い疾患に対するFROUNT阻害薬の適用が期待されている。研究グループは、「がん以外でもマクロファージが原因となっているさまざまな疾患について、この阻害薬の作用を明らかにしていく予定だ。また、今回、マクロファージの動きを制御するタンパクとして発見したFROUNTは、細胞内で複数のケモカイン受容体の作用を調整する細胞内シグナル応答の中でも新しいカテゴリーに属するタンパク質であり、学術的にも新しい研究分野を開拓することが期待される」と、述べている。
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・東京理科大学 プレスリリース