ウエストナイル脳炎の病態形成のメカニズムを解析
北海道大学は1月24日、世界中で流行し、重篤なウイルス性脳炎を引き起こすウエストナイルウイルスが、感染した神経細胞を傷害するメカニズムを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院獣医学研究院の小林進太郎助教、好井健太朗准教授(当時)らの研究グループによるもの。研究成果は、「PLOS Pathogens」にオンライン公開されている。
画像はリリースより
ウエストナイル脳炎は、蚊が媒介するウエストナイルウイルス(West Nile virus:WNV)によって引き起こされる人獣共通感染症のひとつ。北米やヨーロッパを中心に世界中で発生が認められており、日本でも海外からの帰国者の感染が報告されている。WNVは蚊の吸血によりヒトへと感染すると、末梢組織で一時的に増殖する。その後一部の感染者において、WNVは脳に移行して神経細胞に感染し、細胞死及び重篤な脳炎を引き起こす。しかし、これまでにどのようなメカニズムで細胞死および脳炎が引き起こされるのか、ほとんど明らかではなかった。
研究グループはこれまでに、WNVの病態モデルを構築し、WNVが感染している神経細胞に,アルツハイマー病などの神経変性疾患で蓄積が認められるタンパク質の凝集体が形成され、この形成が神経細胞死を誘導している可能性を示してきた。正常な細胞ではこのようなタンパク質の凝集体は、オートファジーなどの細胞内タンパク質品質管理機構によって分解・除去されていることが知られている。そこで今回の研究では、オートファジーに着目して、WNVの感染によりタンパク質の凝集体の形成が起こるメカニズムを明らかにすることで、ウエストナイル脳炎の病態形成の機構について解明を目指した。
オートファジー抑制<感染細胞でタンパク質凝集体形成<細胞死及び脳炎形成
まず、WNVのゲノムにコードされているウイルスタンパク質を神経系の培養細胞内に発現させることにより、タンパク質の凝集体の形成を誘導するウイルスタンパク質を特定した。続いて、リバースジェネティクス法を用いて、タンパク質の凝集体を形成できないWNVを作製し、培養細胞やマウスモデルを用いて、WNVの感染がオートファジーに与える影響や病態形成への影響を解析した。
その結果、WNVのカプシドタンパク質の発現により、細胞内にタンパク質凝集体が形成されることが判明。次いで、WNV感染細胞ではオートファジーが抑制されており、薬剤によるオートファジーの誘導によりタンパク質凝集体が除去され、細胞死が抑えられることが明らかになった。またWNV感染細胞では、オートファジーの誘導因子であるAMP-activated protein kinase(AMPK)の分解が亢進されており、カプシドタンパク質がAMPKと結合することも明らかになった。さらに、タンパク質凝集体の形成に重要なアミノ酸に変異を導入したWNVは、オートファジーの抑制やAMPKの分解を起こすことができず、マウスモデルにおける神経細胞の傷害や脳炎の発症が抑制されることが明らかになった。以上の結果より、WNVはカプシドタンパク質によりオートファジーを抑制し、これによるタンパク質凝集体の蓄積が、中枢神経症状の発症に関与することが示された。また、WNV の感染で起こるタンパク質凝集体の形成には、WNVのカプシドタンパク質の特定のアミノ酸が重要であることが同定された。
オートファジーの異常はアルツハイマー病などの神経変性疾患など、さまざまな疾患の発症に関与することが明らかになってきている。研究グループは、「今後、WNVの感染で起こるオートファジーの抑制機構が完全に明らかになることにより、ウイルス性疾患だけでなく、オートファジーの異常が関与するさまざまな疾患の病態の解明及び治療法の開発の契機になることが期待される」と、述べている。
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・北海道大学 プレスリリース