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安定細胞内抗体「STAND」を開発、Krasなどの機能阻害が可能に-東邦大ほか

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2020年01月21日 PM12:00

細胞内タンパク質に対する抗体医薬の作製は技術的に困難だった

東邦大学は1月17日、従来の抗体では不可能であった細胞内のタンパク質の機能阻害を可能にする、安定細胞内抗体(Stable cytoplasmic antibody: )の汎用的作製技術の開発に世界で初めて成功し、神経活動の抑制や、undruggableなヒトがん遺伝子産物として知られるKrasの機能抑制に成功したと発表した。この研究は、東邦大学理学部生物分子科学科の御子柴克彦特任教授(理化学研究所生命機能科学研究センター客員主管研究員、上海科技大学免疫化学研究所教授)、日本獣医生命科学大学獣医学部獣医生化学研究室の樺山博之大学院特別研究生( Therapeutics株式会社代表取締役CEO、当時 理化学研究所研究員)、自治医科大学オープンイノベーションセンター神経遺伝子治療部門の村松慎一特命教授、東北大学大学院生命科学研究科脳生命統御科学専攻膜輸送機構解析分野の福田光則教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。


画像はリリースより

疾患の発症に関与するタンパク質間相互作用は、細胞外に加え細胞内にも多く存在する。そのため、世界中で抗体医薬を細胞内へ届ける技術開発競争が行われてきた。しかし、抗体タンパクを細胞内へ送る効率が低いため、ヒトに投与するには非常に高すぎる濃度で投与する必要がある、あるいは標的細胞以外の細胞にも導入されるなど、克服できない技術的な壁が存在する。実際、2015年時点で認可・販売されている47種類の抗体医薬品の標的は全て細胞外分子であり、認可・販売された細胞内抗体はない。今までに研究者が試みた手法の1つが、抗体遺伝子を細胞内へ送り込み、細胞内で抗体タンパク質を作らせる、という戦略だ。しかし、もともと抗体タンパク質は、細胞内の小胞体の内腔で作られ、正しい構造にフォールディングされ、細胞外へと分泌されるタンパク質であり、細胞質で作られると、正しくフォールディングできず、不安定で凝集し細胞へ障害を与えてしまうことが明らかとなっている。この細胞内の抗体が凝集してしまう問題は、1990年代から現在まで克服されていなかった。そこで、今回研究グループは、この問題に取り組んだ。

pH6.6でも強いネガティブチャージを持つペプチドタグの融合で細胞内抗体を安定化

抗体タンパク質は、2本の重鎖と2本の軽鎖がアセンブリしたYの字の形をした構造をしている。重鎖と軽鎖、それぞれの先端の可変領域 (Fv)の中にアミノ酸配列がバラエティに富んだCDR(Complementary Determining Region)と呼ばれる領域があり、この領域を介して特異的に標的分子に結合する。柔軟なペプチドリンカーを介して重鎖と軽鎖のFvを一つのDNAにまとめた一本鎖抗体(single chain Fv:)は特異的な抗原結合活性を維持した低分子化抗体遺伝子(約800塩基対)で、細胞内へ導入する抗体遺伝子として使われてきた。しかし、scFv遺伝子を細胞質で発現させると、強く凝集してしまう。過去の研究では、ヒトscFvライブラリーでは安定発現成功率が0.1%以下との報告もあり、凝集することなく、安定にscFvを細胞質で発現させることは非常に困難だった。

先行研究から、scFvの持つ総電荷がネガティブチャージになると、凝集が低く抑えられる可能性が示唆されていた。一般に、タンパク質の総電荷は細胞質のpHが7.4であることを前提に計算されるが、pH 7.4におけるscFvの総電荷と凝集の相関は低いことが指摘されてきた。一方、最近の研究から、細胞質のpHは生体内では変動があり、細胞質内で局所的にpHの変動があることも示唆されている。タンパク質は固有の等電点(pI)を持ち、pHがそのpIを下回れば総電荷はポジティブチャージに、pHがpIを上回れば総電荷はネガティブチャージになる。これらのことから、細胞質のscFvは従来考えられてきたより低pHにさらされ、その環境下では、scFvのネガティブチャージが減少し凝集している可能性が考えられた。

そこで研究グループは、HeLa細胞を用いて、さまざまなscFvクローンの総電荷と細胞内凝集の関係を解析。その結果、pH 6.6における総電荷と凝集には相関があり、pH 7.4における総電荷と凝集には相関が見られなかった。また、scFvクローンのpIと凝集にも相関が見られた。これらの結果は、低いpHにおいても強いネガティブチャージを持つことが細胞内抗体の安定発現に重要であることを示しているという。緑色蛍光タンパク質(GFP)タグは、pH 7.4においては、総電荷が-7.4で、GFPを融合したscFvを強いネガティブチャージにし、安定な細胞内発現が予想されるが、pIが5.95と比較的高く、pH 6.6においてはGFP融合scFvのネガティブチャージが激減し、実際には細胞内で強く凝集することがわかった。つまり、安定細胞内抗体を作製する際に、pH 6.6においても強いネガティブチャージをscFvに持たせるようにペプチドタグを融合していくことが重要であり、研究グループは、pH 6.6でも強いネガティブチャージを持つ安定細胞内抗体をSTAND(stable cytoplasmic antibody)と名付けた。

神経活動の抑制や、Krasの機能抑制にin vivoで成功

今回の研究で作製されたSTAND-A36は、Synaptotagminに強く結合し(Kd:12nM)し、Synaptotagminとその結合タンパクSyntaxinとの細胞内結合を阻害することが判明した。STAND-A36やその変異体STAND-M4をアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターに組み込み、マウス脳内の黒質ドーパミン神経細胞へ投与したところ、極めて安定な発現が観察された。マイクロダイアリシス法により、このマウスの線条体でのドーパミン放出もコントロールSTAND-M4と比較し半減していることがわかった。しかし、線条体や黒質においてドーパミン総量には変化がなかった。これは、STAND-A36が内因性のSynaptotagminに結合し、ドーパミンの放出過程を阻害していることを示しているという。さらには、STAND-A36はロタロッド運動学習も阻害していることがわかった。

次にこのSTAND法を、ヒトがんの約25%に関与するrasファミリーの一つであるKrasに結合するscFv-Y13-259に応用。scFv-Y13-259は1990年代に、細胞内で発現させると強く凝集することが既に報告されていたが、STAND化(STAND-Y13-259)することで凝集することなく安定に発現した。STAND-Y13-259は、Krasに強く結合し(Kd:16 nM)、Krasとその結合タンパク質Raf-1との細胞内結合を阻害することがわかった。ヒト膵臓がん患者由来のMIA PaCa-2細胞をヌードマウス皮下に移植したXenograftモデルを作製し、レンチウイルスベクターを用いてSTAND-Y13-259を導入したところ、in vivoで強い抗腫瘍活性があることがわかり、STAND法が汎用性を持った技術であることが示された。

STAND法により、細胞内では凝集してしまうscFvでも安定化し、標的タンパク質に作用できるようになることから、今後、さまざまなタンパク質間相互作用の研究が促進され、生命原理の理解に貢献することやSTANDをベースとした全く新しい治療薬の開発が期待される。また、今回示されたKrasの阻害STANDは、がん細胞だけで増殖する腫瘍溶解性ウイルスベクターとの組み合わせにより、ヒトがん細胞選択的に送り込むことが可能と考えられ、従来の低分子化合物では困難であったヒト膵臓癌や大腸癌の治療薬の開発につながることも期待される。

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