ウィルス再感染を防ぐ働きがあるHIVの「Nefタンパク質」の構造体を解析
北海道大学は1月15日、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)2型でエイズ発症が遅延するメカニズムを解明したと発表した。これは、同大大学院薬学研究院の前仲勝実教授・黒木喜美子准教授らの研究グループによるもの。研究成果は「iScience」に掲載されている。
重篤なエイズ症状を引き起こすHIVの主体は1型(HIV-1)である。一方、感染者の多くがHIV-1感染者のエリートコントローラーのように病態を示しにくい2型(HIV-2)も存在する。HIV-2は、HIV-1と配列相同性が高く、機能的にも多くの共通点を持つ一方で、感染者の多くが自己の免疫機構によりウイルス複製・増殖をコントロールすることができる。そのため、感染者はエイズを発症しにくく、主に西アフリカで局所的に存在している。
HIVがコードするタンパク質のうち、「Nefタンパク質」は、ヒトの免疫系受容体であるとともにウイルスレセプターであるCD4、CCR5、CXCR4発現低下によりウイルス再感染を防ぐほか、「MHCクラスI」の発現低下によりT細胞免疫から逃避させたりすることで広くウイルス複製促進に寄与している。感染後のエイズ発症の違いの要因として、「HIV Nefタンパク質」の機能喪失による可能性が指摘されている。これは、HIV-1のNefタンパク質にはなく、HIV-2にはあるC末端側の長い一次構造によると示唆されているが、この領域の立体構造はこれまで明らかにされていない。
HIV-2 Nefタンパク質は、HIV-1にないαヘリックス構造を保持
画像はリリースより
研究グループは、HIV-2 Nefタンパク質の立体構造を明らかにするため、HIV-2感染者から単離したHIV-2 Nef遺伝子のクローンを作製し、大腸菌発現系を用いて高純度HIV-2 Nefタンパク質を大量調製した。また、X線結晶構造解析を用いて、HIV-2 Nefタンパク質のコアドメインの立体構造を解明。さらに、HIV-2 Nefタンパク質と機能的共通性の高いサル免疫不全ウイルス(SIV)のNefタンパク質のコアドメイン全長についても大腸菌発現系にて大量調製し、X線結晶構造解析により構造を明らかにした後、HIV-1、HIV2、SIVのNefタンパク質構造を比較した。
構造の解析を比較した結果、HIV-2 Nefタンパク質は、既知のHIV-1 Nefタンパク質と非常に相同性の高い全体構造であったことが確認された。また、HIV-2 Nefタンパク質は、C末端側にHIV-1が持たない「αヘリックス構造」を保持していることが明らかになった。この領域の配列は、非常に変異導入率の高いHIV-2 Nef遺伝子の中でも高度に保存されている領域であることから、機能的重要性が示唆された。
HIV-2 Nefタンパク質がCD3に結合し、宿主免疫を制御することを示唆
また、このC末端領域のαヘリックス構造は、HIV-1 Nefタンパク質よりも HIV-2 Nefタンパク質と機能的共通性の高い SIV Nefタンパク質でも保存されていることも判明した。このαヘリックス構造が未同定の宿主タンパク質と相互作用する可能性もあるが、HIV-2とSIVがMHCクラスI細胞内領域に結合する際のMHCクラスI/AP-1/Nefタンパク質の複合体形成において、このC末端ヘリックス構造は立体障害を起こさず、複合体形成を補完する可能性がモデル構造より示唆された。
また、Nefタンパク質のCD3結合特異性について、SIVのCD3結合領域とHIV-2は保存性の高い配列構造を保持している一方で、CD3に結合しないHIV-1 Nefタンパク質の全体構造は保存されているものの、配列相同性が低く、実際にHIV-2 Nefタンパク質は CD3 への結合能を保持していることがわかった。
これらの結果から、HIV-2、SIVとHIV-1のNefタンパク質の機能の違いには、C末端新規αヘリックス構造を含む構造的差異が大いに寄与している可能性が示唆された。「今後、この構造の機能同定をするとともに、ウイルスによる変異導入率の高いNefタンパク質について、変異と患者症状を比較検討し、新たなワクチンや治療薬開発のターゲットとなることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・北海道大学 プレスリリース(研究発表)